呂氏春秋 / 振亂①
當今之世,濁甚矣,黔首之苦,不可以加矣。天子既絕,賢者廢伏,世主恣行,與民相離,黔首無所告愬。世有賢主秀士,宜察此論也,則其兵為義矣。天下之民,且死者也而生,且辱者也而榮,且苦者也而逸。世主恣行,則中人將逃其君、去其親,又況於不肖者乎?故義兵至,則世主不能有其民矣,人親不能禁其子矣。
新字:当今之世,濁甚矣,黔首之苦,不可以加矣。天子既絶,賢者廃伏,世主恣行,与民相離,黔首無所告愬。世有賢主秀士,宜察此論也,則其兵為義矣。天下之民,且死者也而生,且辱者也而栄,且苦者也而逸。世主恣行,則中人将逃其君、去其親,又況於不肖者乎?故義兵至,則世主不能有其民矣,人親不能禁其子矣。
書き下し
當今の世、濁れること甚だし。黔首の苦しみ、以て加う可からず。天子既に絶え、賢者廢伏し、世主行いを恣にして、民と相離れ、黔首告愬する所無し。世に賢主秀士有れば、宜しく此の論を察す可きなり。則ち其の兵を義と為す。天下の民、且に死せんとする者にして生き、且に辱められんとする者にして榮え、且に苦しまんとする者にして逸す。世主行いを恣にすれば、則ち中人すらも將に其の君を逃れ、其の親を去らんとす。又況んや不肖者に於いてをや。故に義兵至らば、則ち世主も其の民を有つこと能わず、人親も其の子を禁ずること能わず。
現代語訳
今の世は濁りがはなはだしく、人民の苦しみはこれ以上ないほどだ。天子の権威はすでに絶え、賢者は退き隠れ、世の君主はほしいままに振る舞って民と離れ、人民は訴え出るところもない。世に賢明な君主やすぐれた士がいれば、この兵論をよく察すべきで、そうすればその兵は義兵となる。天下の民は、死にかけていた者が生き、辱められかけていた者が栄え、苦しみかけていた者が安んじる。世の君主がほしいままに振る舞えば、並の人でさえその君から逃げ親から離れようとする。まして愚劣な者ならなおさらだ。だから義兵が至れば、世の君主も民を保てず、親も子を引き止められない。
解説
「振亂」篇の冒頭で、乱れきった世を義兵が救うと説く一段です。天子の権威が失われ暴君がはびこり民が訴え場を失った現状を描き、そこに義兵が至れば、死にかけた民が生き返るように救われ、暴君は民を保てなくなると論じます。義兵は暴政を正し民を解放する救済の力として位置づけられ、蕩兵篇の理論を戦国乱世の現実に当てはめた議論です。苦しむ人々の側に立ち、力の行使を救済として正当化する視点は、正義と武力の関係を問う普遍的なテーマにつながります。
この章句が説くこと
義兵振乱黔首暴君救済乱世