呂氏春秋 / 古樂④
昔陶唐氏之始,陰多滯伏而湛積,(水)〔陽〕道壅塞,不行其(原)〔序〕,民氣鬱閼而滯著,筋骨瑟縮不達,故作為舞以宣導之。
新字:昔陶唐氏之始,陰多滞伏而湛積,(水)〔陽〕道壅塞,不行其(原)〔序〕,民気鬱閼而滞著,筋骨瑟縮不達,故作為舞以宣導之。
書き下し
昔、陶唐氏の始め、陰多く滯伏して湛積し、水道壅塞して、其の原に行かず、民氣鬱閼して滯著し、筋骨瑟縮して達せず。故に舞を作為して以て之を宣導す。
現代語訳
むかし陶唐氏(堯)の初め、陰気が多くとどこおって深く積もり、水の道はふさがってうまく流れず、民の気は塞がってとどこおり、筋骨は縮こまって伸びなかった。そこで舞を作り、それによって滞った気を通し導いたのである。
解説
堯(陶唐氏)の初めに、舞踊が生まれた由来を語る段です。陰気が過剰にとどこおり、水路もふさがり、民の体も気がめぐらず筋骨が縮こまってしまったとき、堯は舞を作らせて滞った気を通し導いたといいます。ここでの舞は、体を動かすことで停滞した気血をめぐらせ、心身の不調を癒す一種の導引・養生法として描かれています。音楽や舞踊を、単なる鑑賞の対象ではなく、生命の気を調える実践的な働きとして捉える古代中国らしい発想です。身体を動かして健康を保つという考えは、後の導引や気功、ひいては現代の運動療法にも通じ、芸能と養生が分かちがたく結びついていた古代の知恵を伝えています。
この章句が説くこと
陶唐氏堯舞宣導気導引