呂氏春秋 / 適音②
夫樂(之)有適,心(非)〔亦〕有適。人之情,欲壽而惡夭,欲安而惡危,欲榮而惡辱,欲逸而惡勞。四欲得,四惡除,則心適矣。四欲之得也,在於勝理。勝理以治身則生全(以)〔矣〕,生全則壽長矣。勝理以治國則法立〔矣〕,法立則天下服矣。故適心之務在於勝理。
新字:夫楽(之)有適,心(非)〔亦〕有適。人之情,欲寿而悪夭,欲安而悪危,欲栄而悪辱,欲逸而悪労。四欲得,四悪除,則心適矣。四欲之得也,在於勝理。勝理以治身則生全(以)〔矣〕,生全則寿長矣。勝理以治国則法立〔矣〕,法立則天下服矣。故適心之務在於勝理。
書き下し
夫れ樂には適有り、心にも亦た適有り。人の情、壽を欲して夭を惡み、安を欲して危を惡み、榮を欲して辱を惡み、逸を欲して勞を惡む。四欲得られ、四惡除かるれば、則ち心適す。四欲の得らるるや、理に勝すに在り。理に勝せて以て身を治むれば則ち生全し、以て生全ければ則ち壽長し。理に勝せて以て國を治むれば則ち法立つ。法立てば則ち天下服す。故に心を適にするの務は理に勝せるに在り。
現代語訳
そもそも音楽にほどよさ(適)があるように、心にもほどよさがある。人の情として、長生きを願って早死にを嫌い、安らかさを願って危険を嫌い、栄誉を願って恥辱を嫌い、安逸を願って労苦を嫌う。この四つの願いがかない、四つの嫌悪が取り除かれれば、心はほどよく調う。四つの願いがかなうかどうかは、道理に従うこと(勝理)にかかっている。道理に従って身を治めれば生命は全うされ、生命が全うされれば寿命は長くなる。道理に従って国を治めれば法が立ち、法が立てば天下は服する。だから心をほどよく調える要は、道理に従うことにあるのだ。
解説
心の「適(ほどよさ)」を、道理に従う「勝理」という原理で説いた段です。人は長寿・安全・栄誉・安逸を願い、その反対を嫌う――この四欲がかない四悪が除かれれば心は調いますが、その鍵は願望を力任せに追うことではなく、道理に沿って生きることにあるといいます。道理に従えば身は健やかに、寿命は延び、国には法が立ち天下が服する、と個人の養生と国家の統治を同じ原理で貫きます。欲望の実現を、理性と秩序への従属によって導くこの発想は、音楽論を超えた生き方・治め方の指針です。願いをかなえるほど道理を軽んじがちな現代にあって、望みと理をどう両立させるかを考えさせる内容です。
この章句が説くこと
適勝理四欲四悪治身治国
関連する章句
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呂氏春秋・適音①耳の情は聲を欲するも、心樂しまざれば、五音前に在れども聽かず。目の情は色を欲するも、心樂しまざれば、五色前に在れども視ず。鼻の情は芬香を欲するも、心樂しまざれば、芬香前に在れども嗅がず。口の情は滋味を欲するも、心樂しまざれば、五味前に在れども食らわず。之を欲する者は、耳目鼻口なり。之を樂しみ樂しまざる者は、心なり。心必ず和平にして、然る後に樂しみ、心必ず樂しみて、然る後に耳目鼻口、以て之を欲する有り。故に樂の務めは心を和らぐに在り。心を和らぐは適を行うに在り。
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呂氏春秋・侈樂③樂の情有るは、之を譬うれば、肌膚形體の情性有るが若きなり。情性有れば則ち必ず性養有り。寒溫勞逸饑飽、此の六者は適に非ざるなり。凡そ養なる者は、適に非ざるを瞻て、之を以て適せしむる者なり。能く以て久しく其の適に處れば、則ち生長し。生なる者は、其の身固より靜にして、感じて而る後に知り、之を使しむるもの或るなり。遂げて返らざれば、嗜欲に制せらる。嗜欲に制せらるること窮まり無ければ、則ち必ず其の天を失う。且つ夫れ嗜欲窮まり無ければ、則ち必ず貪鄙悖亂の心、淫佚姦詐の事有り。故に彊者、弱を劫し、衆者、寡を暴げ、勇者、怯を凌ぎ、壯者、幼に傲るは、此れ從り生ず。
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呂氏春秋・情欲①天、人を生じて、貪有り欲有らしむ。欲に情有り、情に節有り。聖人、節を修めて以て欲を止む。故に其の情を行うを過ごさざるなり。故に耳の五聲を欲し、目の五色を欲し、口の五味を欲するは、情なり。此の三者は、貴賤愚智賢不肖、之を欲すること一の若し。神農・黃帝と雖も、其れ桀・紂と同じ。聖人の異なる所以は、其の情を得ればなり。生を貴ぶに由りて動けば、則ち其の情を得、生を貴ぶに由らずして動けば、則ち其の情を失う。此の二者は、死生存亡の本なり。
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呂氏春秋・適音③夫れ音も亦た適有り。太だ鉅なれば則ち志蕩す。蕩するを以て鉅を聽けば則ち耳容れず、容れざれば則ち橫塞す。橫塞すれば則ち振く。太だ小なれば則ち志嫌す。嫌を以て小を聽けば則ち耳充たず。充たざれば則ち詹らず。詹らざれば則ち窕す。太だ清なれば則ち志危うし。危うきを以て清を聽けば則ち耳谿極す。谿極すれば則ち鑒せず、鑒せざれば則ち竭く。太だ濁なれば則ち志下る。下れるを以て濁を聽けば則ち耳收まらず。收まらざれば則ち摶ならず。摶ならざれば則ち怒る。故に太だ鉅なると、太だ小なると、太だ清なると、太だ濁なるとは、皆適に非ざるなり。
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呂氏春秋・貴生①聖人、深く天下を慮るに、生より貴きものは莫し、と。夫れ耳目鼻口は生の役なり。耳、聲を欲すと雖も、目、色を欲すと雖も、鼻、芬香を欲すと雖も、口、滋味を欲すと雖も、生に害あれば、則ち止む。四官に在る者欲せずとも、生に利ある者は、則ち為す。此に由りて之を觀れば、耳目鼻口は、擅に行うことを得ず、必ず制する所有り。之を譬うれば、官職の、擅に為すことを得ずして、必ず制する所有るが若し。此れ生を貴ぶの術なり。
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呂氏春秋・適音④何をか適と謂う。衷は音の適なり。何をか衷と謂う。大、鈞を出でず、重、石を過ぎざるは、小大輕重の衷なり。黃鐘の宮は、音の本なり。清濁の衷なり。衷なる者は適なり。適せるを以て適なるを聽けば則ち和す。樂に太だしき無く、平和なる者は是なり。故に治世の音は安らかにして以て樂し。其の政平らかなればなり。亂世の音は怨みて以て怒る。其の政乖けばなり。亡國の音は悲しくて以て哀し。其の政險なればなり。凡そ音樂は政に通じて、風を移し俗を平らかにする者なり。俗の定まるは、而ち音樂之を化せばなり。故に有道の世は、其の音を觀て其の俗を知り、其の政を觀て其の主を知る。故に先王は必ず音樂に託して以て其の教えを論ず。清廟の瑟は、朱弦にして疏越、一唱して三歎するは、音より進む者有ればなり。大饗の禮は、玄尊を上りて生魚を俎にし、大羹和せざるは、味より進む者有ればなり。故に先王之の禮樂を制するや、特に以て耳目を歡ばせ、口腹の欲を極むるのみに非ざるなり。將に以て民に教えて好惡を平らかにし、理義を行わしめんとするなり。