呂氏春秋 / 大樂③
凡樂,天地之和,陰陽之調也。始生人者天也,人無事焉。天使人有欲,人弗得不求。天使人有惡,人弗得不辟。欲與惡所受於天也,人不得(興)〔與〕焉,不可變,不可易。世之學者,有非樂者矣,安由出哉?
新字:凡楽,天地之和,陰陽之調也。始生人者天也,人無事焉。天使人有欲,人弗得不求。天使人有悪,人弗得不辟。欲与悪所受於天也,人不得(興)〔与〕焉,不可変,不可易。世之学者,有非楽者矣,安由出哉?
書き下し
凡そ樂は、天地の和、陰陽の調なり。始めて人を生ぜし者は天なり、人、事とする無し。天、人をして欲有らしむるや、人、求めざるを得ず。天、人をして惡有らしむるや、人、辟けざるを得ず。欲と惡とは天に受けし所なり。人、興るを得ず。變う可からず、易う可からず。世の學ぶ者に、樂を非る者有り、安くに由りて出でしや。
現代語訳
そもそも音楽は、天地の調和であり、陰陽の均衡である。はじめて人を生んだのは天であり、人はそこに手を加えられない。天が人に欲を与えたのだから、人は求めずにはいられない。天が人に嫌悪を与えたのだから、人は避けずにはいられない。欲と嫌悪は天から受け取ったものであり、人がそれに関与することはできず、変えることも改めることもできない。世の学者の中には音楽を非難する者がいるが、いったい何を根拠にそう言うのだろうか。
解説
音楽を天地陰陽の調和ととらえ、人間の欲望や感情もまた天から授かった自然なものだと論じた段です。人を生んだのは天であり、欲することも嫌うことも人が勝手に加えたものではなく、変えようのない自然の性である――だからそれを表現する音楽を頭から否定するのは筋違いだ、と説きます。これは墨家など音楽を無用・有害とみて退ける「非楽」の立場への反論と読めます。人間の情感を自然の一部として肯定し、それに応える音楽を擁護する姿勢です。感情を抑圧せず、その自然さを認めたうえで正しく調える――この発想は、芸術の意義を人間性の根本から問い直す視点として今も生きています。
この章句が説くこと
天地の和陰陽欲悪非楽墨家
関連する章句
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呂氏春秋・大樂①音樂の由りて來たる所の者は遠し。度量に生じ、太一に本づく。太一は兩儀を出だし、兩儀は陰陽を出だす。陰陽は變化して、一上一下、合して章を成す。渾渾沌沌として、離るれば則ち復た合い、合えば則ち復た離る。是を天常と謂う。天地は車輪のごとし。終れば則ち復た始まり、極まれば則ち復た反り、咸な當たらざるは莫し。日月星辰、或いは疾く或いは徐ろに、日月は同じからずして、以て其の行を盡くす。四時は代々る興りて、或いは暑く或いは寒く、或いは短かく或いは長く、或いは柔らかく或いは剛し。萬物の出づる所は、太一に造まり、陰陽に化す。萌芽始めて震き、凝寒して以て形す。形體は處有れば、聲有らざるは莫し。聲は和に出で、和は適に出づ。和適、先王樂を定めて、此に由りて生ず。
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呂氏春秋・侈樂③樂の情有るは、之を譬うれば、肌膚形體の情性有るが若きなり。情性有れば則ち必ず性養有り。寒溫勞逸饑飽、此の六者は適に非ざるなり。凡そ養なる者は、適に非ざるを瞻て、之を以て適せしむる者なり。能く以て久しく其の適に處れば、則ち生長し。生なる者は、其の身固より靜にして、感じて而る後に知り、之を使しむるもの或るなり。遂げて返らざれば、嗜欲に制せらる。嗜欲に制せらるること窮まり無ければ、則ち必ず其の天を失う。且つ夫れ嗜欲窮まり無ければ、則ち必ず貪鄙悖亂の心、淫佚姦詐の事有り。故に彊者、弱を劫し、衆者、寡を暴げ、勇者、怯を凌ぎ、壯者、幼に傲るは、此れ從り生ず。
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荀子・楽論篇夫れ樂(がく)なる者は、樂(らく)なり。人情の必ず免れざる所なり。故に人は樂しみ無き能わず。樂しめば則ち必ず聲音(せいおん)に發し、動靜(どうせい)に形(あらわ)る。而して人の道、聲音動靜、性術の變、盡(ことごと)く是(ここ)に在り。故に人は樂しまざる能わず、樂しめば則ち形るること無き能わず。形れて道(みちび)かれざれば、則ち亂れざる能わず。先王は其の亂るるを惡(にく)む。故に雅頌(がしょう)の聲を制して以て之を道(みちび)き、其の聲をして以て樂しみて流れざるに足らしめ、其の文(ぶん)をして以て辨(わきま)えて諰(おそ)れざるに足らしめ、其の曲直(きょくちょく)繁省(はんせい)廉肉(れんにく)節奏(せっそう)をして、以て人の善心を感動せしむるに足らしめ、夫の邪污(じゃお)の氣をして接するを得るに由(よし)無からしむ。是れ先王の樂を立つるの方なり。而るに墨子之を非(そし)る、奈何(いかん)せん。
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呂氏春秋・大樂②天下太平、萬物安寧にして、皆其の上に化し、樂は乃ち成る可し。樂を成すに具有り、必ず嗜慾を節す。嗜慾、辟かざれば、樂は乃ち務む可し。樂に務むるに術有り、必ず平由り出づ。平は公より出で、公は道より出づ。故に惟だ道を得るの人のみ、其の與に樂を言う可きか。亡國戮民、樂無きに非ざるも、其の樂は樂しからず。溺るる者も笑わざるに非ざるなり、罪人も歌わざるに非ざるなり、狂者も武有らざるに非ざるなり。亂世の樂も、此に似たる有り。君臣は位を失い、父子は處を失い、夫婦は宜しきを失い、民人は呻吟す。其れ以て樂を為すや、之を若何せん。
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荀子・楽論篇凡そ姦聲(かんせい)人を感ずれば逆氣(ぎゃっき)之に應じ、逆氣象(しょう)を成して亂生ず。正聲人を感ずれば順氣(じゅんき)之に應じ、順氣象を成して治生ず。唱和に應有り、善惡相い象る。故に君子は其の去就(きょしゅう)する所を慎むなり。君子は鐘鼓(しょうこ)を以て志を道(みちび)き、琴瑟(きんしつ)を以て心を樂しましむ。動くに干戚を以てし、飾るに羽旄(うぼう)を以てし、從うるに磬管(けいかん)を以てす。故に其の清明なるは天に象(かたど)り、其の廣大なるは地に象り、其の俯仰周旋(しゅうせん)は四時に似たる有り。故に樂行われて志清く、禮脩まりて行い成り、耳目聰明(そうめい)にして、血氣和平、風を移し俗を易え、天下皆な寧(やす)く、美善相い樂しむ。故に曰く、樂なる者は、樂なり、と。君子は其の道を得るを樂しみ、小人は其の欲を得るを樂しむ。道を以て欲を制すれば、則ち樂しみて亂れず。欲を以て道を忘るれば、則ち惑いて樂しまず。故に樂なる者は、樂を道(みちび)く所以なり。金石絲竹(きんせきしちく)は、德を道く所以なり。樂行われて民方(ほう)に鄉(む)かう。故に樂なる者は、人を治むるの盛んなる者なり。而るに墨子之を非る。
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呂氏春秋・音初⑤凡そ音は人心に産する者なり。心に感ずれば則ち音に蕩く。音、外に成りて内に化す。是の故に其の聲を聞きて其の風を知り、其の風を察して其の志を知り、其の志を觀て其の德を知る。盛衰賢不肖君子小人、皆樂に形われ、隱匿す可からず。故に曰く、樂の觀為るや深し。土弊しければ則ち草木長ぜず、水煩なれば則ち魚鱉大ならず、世濁なれば則ち禮煩にして樂淫たり。鄭衛の聲・桑間の音は、此れ亂國の好む所、衰德の說ぶ所なり。流辟・誂越・慆濫の音出づれば、則ち滔蕩の氣、邪慢の心感ず。感ずれば則ち百姦衆辟此れ從り生ず。故に君子は道に反りて以て徳を修め、徳を正しくして以て樂を出だし、樂を和して以て順を成す。樂和すれば而ち民方に郷う。