呂氏春秋 / 本生④
萬人操弓,共射一招,招無不中。萬物章章,以害一生,生無不傷;以便一生,生無不長。故聖人之制萬物也,以全其天也。天全則神和矣,目明矣,耳聰矣,鼻臭矣,口敏矣,三百六十節皆通利矣。若此人者:不言而信,不謀而當,不慮而得;精通乎天地,神覆乎宇宙;其於物無不受也,無不裹也,若天地然;上為天子而不驕,下為匹夫而不惛;此之謂全德之人。
新字:万人操弓,共射一招,招無不中。万物章章,以害一生,生無不傷;以便一生,生無不長。故聖人之制万物也,以全其天也。天全則神和矣,目明矣,耳聰矣,鼻臭矣,口敏矣,三百六十節皆通利矣。若此人者:不言而信,不謀而当,不慮而得;精通乎天地,神覆乎宇宙;其於物無不受也,無不裹也,若天地然;上為天子而不驕,下為匹夫而不惛;此之謂全徳之人。
書き下し
萬人、弓を操り、共に一招を射れば、招に中らざる無し。萬物章章として、以て一の生を害すれば、生傷なわれざる無く、以て一の生を便ならしむれば、生長からざる無し。故に聖人の萬物を制するや、以て其の天を全くするなり。天全ければ則ち神和し、目明らかに、耳聡く、鼻臭に、口敏に、三百六十節皆利に通ず。此くの若きの人は、言わずして信、謀らずして當り、慮らずして得、精は天地に通じ、神は宇宙を覆う。其の物に於けるや、受けざる無く、裹まざる無きこと、天地の若く然り。上は天子と為りて驕らず、下は匹夫と為りて惛えず。此を之れ全徳の人と謂う。
現代語訳
一万人が弓を操って一つの的を射れば、的に当たらないことはない。同じように、万物がそろって一つの命を害しにかかれば、その命は傷つかずにはいられず、逆に万物がそろって一つの命を助ければ、その命は伸びずにはいられない。だから聖人が万物を統御するのは、天から授かった生をまっとうするためである。生がまっとうされれば、心は和らぎ、目は明らかに、耳は聡く、鼻はよくかぎ分け、口は敏く、全身三百六十の関節がすべて滞りなく働く。このような人は、語らずとも信じられ、謀らずとも的中し、思案せずとも得る。その精神は天地に通じ、宇宙を覆う。万物を受け入れ包みこむさまは天地のようで、上は天子となっても驕らず、下は庶民となっても思い悩まない。これを全徳の人と呼ぶ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
呂氏春秋・本生①始めて之を生ずる者は、天なり。養いて之を成す者は、人なり。能く天の生ずる所を養いて之に攖る勿きを、之れ天子と謂う。天子の動くや、天を全くするを以て故と為す者なり。此れ官の自りて立つ所なり。官を立つるは以て生を全くするなり。今、世の惑主は、官多くして反って以て生を害す。則ち之を立つる所為を失う。之を譬うるに、兵を修むるは、寇に備うるを以てなるを、今兵を修めて反って以て自ら攻むれば、則ち亦た之を修むる所為を失うが若し。
-
呂氏春秋・本生③今、此に聲有り。耳に之を聽けば必ず慊し。已に之を聽けば、則ち人をして聾ならしめば、必ず聽かざらん。此に色有り。目に之を視れば必ず慊し。已に之を視れば、則ち人をして盲ならしめば、必ず視ざらん。此に味有り。口に之を食らえば必ず慊し。已に之を食らえば、則ち人をして瘖ならしめば、必ず食らわざらん。是の故に聖人の聲色滋味に於けるや、性に利あれば則ち之を取り、性に害あれば則ち之を舎つ。此れ性を全くするの道なり。世の貴富なる者は、其の聲色滋味に於けるや、惑える者多し。日夜に求め、幸にして之を得れば則ち遁す。遁すれば、性惡くんぞ傷なわざるを得ん。
-
呂氏春秋・貴生①聖人、深く天下を慮るに、生より貴きものは莫し、と。夫れ耳目鼻口は生の役なり。耳、聲を欲すと雖も、目、色を欲すと雖も、鼻、芬香を欲すと雖も、口、滋味を欲すと雖も、生に害あれば、則ち止む。四官に在る者欲せずとも、生に利ある者は、則ち為す。此に由りて之を觀れば、耳目鼻口は、擅に行うことを得ず、必ず制する所有り。之を譬うれば、官職の、擅に為すことを得ずして、必ず制する所有るが若し。此れ生を貴ぶの術なり。
-
呂氏春秋・精通③德なる者は、萬民の宰なり。月なる者は、群陰の本なり。月望なれば則ち蚌蛤實ち、群陰盈つ。月晦なれば則ち蚌蛤虚しく、群陰虧く。夫れ月、天に形われて、群陰、淵に化す。聖人、德を己に行いて、四方咸仁に飭し。
-
荘子・刻意故に曰く、聖人の生や天行、其の死や物化。静かにして陰と徳を同じくし、動きて陽と波を同じくす。福の先を為さず、禍の始めを為さず。感じて而る後に応じ、迫られて而る後に動き、已むを得ずして而る後に起こる。知と故(さくりゃく)とを去り、天の理に循(したが)う。故に天災無く、物累無く、人非無く、鬼責無し。其の生は浮かぶが若く、其の死は休むが若し。思慮せず、予謀(よぼう)せず。光ありて耀(かがや)かず、信ありて期せず。其の寝ぬるや夢みず、其の覚むるや憂い無し。其の神は純粋、其の魂は罷(つか)れず。虚無恬惔にして、乃ち天徳に合す。
-
呂氏春秋・情欲③古人の道を得る者、生は以て壽長く、聲色滋味、能く久しく之を樂しむは、奚の故ぞ。論早く定まればなり。論早く定まれば、則ち早く嗇しむことを知る。早く嗇しむことを知れば、則ち精竭きず。秋早く寒ければ、則ち冬必ず煖かく、春多く雨ふれば則ち夏必ず旱す。天地すら兩つながらする能わず。而るを況んや人類に於いてをや。人と天地とは同じなり。萬物の形異なると雖も、其の情は一體なり。故に古の身と天下とを治むる者は、必ず天地に法るなり。尊、酌む者衆ければ則ち速く盡く。萬物の、大貴の生を酌む者衆し。故に大貴の生は常に速やかに盡く。徒に萬物之を酌むのみに非ず。又其の生を損して以て天下の人に資え、而も終に自ら知らず。功、外に成ると雖も、生、内に虧き、耳は以て聽く可からず、目は以て視る可からず、口は以て食らう可からず、胸中大いに擾れ、妄言想見す。死に臨むの上、顛倒驚懼して、為す所を知らず。心を用うること此くの如し。豈に悲しからずや。