論語と算盤 / 成敗と運命・成敗は身に残る糟粕
一時の成敗は長い人生、価値の多い生涯に於ける泡沫の如きものである、然るに此の泡沫の如きものに憧憬れて、目前の成敗のみを論ずる者が多いやうでは、国家の発達進歩も思ひやられる、宜く其様な浮薄な考は一掃し去りて、社会に処して実質のある生活をするが宜い、苟くも事の成敗以外に超然として立ち、道理に則つて一身を終始するならば、成功失敗の如きは愚か、それ以上に価値ある生涯を送ることが出来るのである、況んや成功は人たるの務を完うしたるより生ずる糟粕たるに於ては、尚更意に介するに足らぬでは無いか。
書き下し
一時の成敗は長い人生、価値の多い生涯における泡沫のごときものである。しかるにこの泡沫のごときものに憧れて、目前の成敗のみを論ずる者が多いようでは、国家の発達進歩も思いやられる。よろしくそのような浮薄な考えは一掃し去りて、社会に処して実質のある生活をするがよい。いやしくも事の成敗以外に超然として立ち、道理に則って一身を終始するならば、成功失敗のごときは愚か、それ以上に価値ある生涯を送ることが出来るのである。いわんや成功は人たるの務めを完うしたるより生ずる糟粕たるにおいては、なおさら意に介するに足らぬではないか。
現代語訳
一時の成功や失敗は、長い人生、価値ある生涯における泡のようなものである。それなのに、この泡のようなものに憧れて目先の成敗ばかりを論じる者が多いようでは、国家の発達も思いやられる。そんな浮薄な考えは一掃して、社会に立って実質のある生き方をするのがよい。かりにも事の成敗の外に超然として立ち、道理に則って一生を終始するなら、成功・失敗どころか、それ以上に価値ある生涯を送ることができる。まして成功とは、人としての務めを果たした結果として生じる糟粕にすぎないのだから、なおさら気にするに足りないではないか。
解説
本書の最終章であり、最後の一段である。渋沢は成功を否定しない。ただ、それを目的の位置から降ろす。成功も失敗も、丹精した人の身に残る糟粕——酒を搾ったあとの粕にすぎない、と。同じ章では家康と秀吉が比べられる。秀吉が八十まで生き家康が六十で死んでいたら天下は豊臣のものだったかもしれない、徳川の覇業はむしろ運命が然らしめた、と。ただし運命だけでは足りず、到来した運命を捉える智力が要る、とも言う。だから結論は「誠実に努力して自ら運命を開拓せよ、失敗したら智力が及ばなかったと諦め、成功したら智恵が活きたとして、成敗に関わらず天命に託せ」となる。九十章を貫いてきた道理と算盤の話が、ここで一つの構えに収まっている。
この章句が説くこと
成敗は身に残る糟粕人たるの務め運命を捉える智力道理に則る