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論語と算盤 / 成敗と運命・失敗らしき成功

眼前に現はれた事柄のみを根拠として、成功とか失敗とかを論ずれば、湊川に矢尽き刀折れて戦死した楠正成は失敗者で、征夷大将軍の位に登つて勢威四海を圧するに至つた足利尊氏は確に成功者である、併し今日に於て尊氏を崇拝する者はないが、正成を尊崇する者は天下に絶えぬのである、然らば生前の成功者たる尊氏は却つて永遠の失敗者で、生前の失敗者たりし正成は却つて永遠の成功者である、菅原道真と藤原時平とに就て見ても、時平は当時の成功者で、太宰府に罪なくして配所の月を眺めねばならなかつた道真公は、当時の失敗者であつたに相違ないが、今日では一人として時平を尊む者なく、道真公は天満大自在として全国津々浦々の端に於ても祀られて居る、道真公の失敗は決して失敗でない、是れ却つて真の成功者である。

書き下し

眼前に現れた事柄のみを根拠として、成功とか失敗とかを論ずれば、湊川に矢尽き刀折れて戦死した楠正成は失敗者で、征夷大将軍の位に登って勢威四海を圧するに至った足利尊氏は確かに成功者である。しかし今日において尊氏を崇拝する者はないが、正成を尊崇する者は天下に絶えぬのである。しからば生前の成功者たる尊氏はかえって永遠の失敗者で、生前の失敗者たりし正成はかえって永遠の成功者である。菅原道真と藤原時平とについて見ても、時平は当時の成功者で、太宰府に罪なくして配所の月を眺めねばならなかった道真公は、当時の失敗者であったに相違ないが、今日では一人として時平を尊む者なく、道真公は天満大自在として全国津々浦々の端においても祀られている。道真公の失敗は決して失敗でない。これはかえって真の成功者である。

現代語訳

目の前に現れた事柄だけを根拠に成功や失敗を論じれば、湊川で矢が尽き刀が折れて戦死した楠木正成は失敗者であり、征夷大将軍の位に登って威勢が四海を圧した足利尊氏はたしかに成功者である。しかし今日、尊氏を崇拝する者はいないが、正成を尊ぶ者は天下に絶えない。とすれば、生前の成功者である尊氏はかえって永遠の失敗者であり、生前の失敗者だった正成はかえって永遠の成功者である。菅原道真と藤原時平を見てもそうだ。時平は当時の成功者で、罪もなく太宰府で配所の月を眺めた道真は当時の失敗者だったに違いない。だが今日、時平を尊ぶ者は一人もなく、道真は天満大自在天神として全国の隅々まで祀られている。道真の失敗は決して失敗ではない。これこそ真の成功者である。

解説

孔子は今の言葉でいう成功者ではなかった、と渋沢は言う。陳蔡の野で苦しめられ、見るべき治績もなかった。それでも千載の後、生前に治績を挙げた堯舜禹湯より孔子を崇拝する者のほうが多い。ここから彼は成功の時間軸を延ばす。ただし彼は無条件にこう言うのではない。会社や営利事業は失敗すれば出資者に損害を与えるのだから、何が何でも成功しなければならない、と断ったうえで、精神的な事業は別だと分ける。時流に逆らって奇禍を買っても、努力さえ尽くしていれば十年二十年で功は認められる、と。逆に大言壮語して努力しない者は、百年後にも成功しない。分けたうえでの、長期の物差しである。

この章句が説くこと

失敗らしき成功楠正成と足利尊氏菅原道真と藤原時平永遠の成功者

この一句を、あなたの毎日に。

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