論語と算盤 / 人格と修養・楽翁公の幼時
予此頃より短気にして、僅かのことにも怒りふづくみ、或は人を𠮟怒し、又は肩はり筋いだして理をいひなんどしたり、みな〳〵なげかしとのみいひたり、大塚孝綽ことによくいさめたり、水野為長常にいさめて日々のよしあしをいひたり、聞けばいと感じけれど、ふづくみの情に堪がたきに至る、床に索道のかきし太公望の釣する画をかけて、怒の情おこれば独りそれに打向ひて、其情をしづめけれども堪かねたり、ひと日全く怒の情なくくらしたく思ひしかど、終に其頃はなかりき、此くても十八歳の頃より洗ひそ〻ぎしやうになりたるこそ稀有なれ、全く左右の直言ありし故なるべし。
書き下し
予この頃より短気にして、わずかのことにも怒りふづくみ、あるいは人を叱怒し、または肩はり筋いだして理を言いなんどしたり。皆々嘆かわしとのみ言いたり。大塚孝綽ことによく諫めたり。水野為長常に諫めて日々のよしあしを言いたり。聞けばいと感じけれど、ふづくみの情に堪えがたきに至る。床に索道の描きし太公望の釣する画をかけて、怒りの情おこれば独りそれに打ち向かいて、その情を鎮めけれども堪えかねたり。ひと日まったく怒りの情なく暮らしたく思いしかど、ついにその頃はなかりき。かくても十八歳の頃より洗いそそぎしようになりたるこそ稀有なれ。まったく左右の直言ありし故なるべし。
現代語訳
私はこの頃から短気で、わずかなことにも腹を立てて膨れ、人を叱りつけ、あるいは肩を張り筋を立てて理屈を言ったりした。周りは皆、嘆かわしいとばかり言っていた。大塚孝綽はとりわけよく諫めてくれた。水野為長は常に諫めて、日々の善し悪しを言ってくれた。聞けば深く感じ入るのだが、腹立ちの情には耐えがたくなる。床の間に索道の描いた太公望が釣りをする絵を掛けて、怒りが起これば一人でそれに向かい、心を鎮めようとしたが、それでも耐えられなかった。一日まるまる怒らずに暮らしたいと思ったが、その頃はついにできなかった。それでも十八歳の頃から洗い清めたようになったのは稀有なことだ。まったく側近の直言があったからだろう。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・尊賢魯人鄪を攻む。曾子鄪君に辞して曰く、「請う出でん、寇罷みて後復た来らん、請う姑く狗豕をして吾が舎に入らしむる毋かれ」と。鄪君曰く、「寡人の先生に於けるや、人聞かざる無し。今魯人我を攻めて先生我を去らば、我胡ぞ先生の舎を守らんや」と。魯人果たして鄪を攻めて之を数うるに罪十あり、而して曾子の争う所の者九つなり。魯師罷みて、鄪君復た曾子の舎を修めて而る後に之を迎う。
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史記 周本紀敢へて業を怠らず、時に其の徳を序し、其の緒を遵ひ修め、其の訓典を修め、朝夕恪勤し、守るに敦篤を以てし、奉ずるに忠信を以てす。奕世徳を載ひ、前人を忝めず。文王・武王に至り、前の光明を昭らかにして之に加ふるに慈和を以てし、神に事へ民を保ち、欣喜せざる無し。商王帝辛大いに民に悪まれ、庶民忍びず、武王を訢載して、以て戎を商の牧に致す。是の故に先王は武を務むるに非ず、民の隠を勤恤して其の害を除くなり。夫れ先王の制、邦内は甸服、邦外は侯服、侯衛は賓服、夷蛮は要服、戎翟は荒服。甸服の者は祭り、侯服の者は祀り、賓服の者は享し、要服の者は貢し、荒服の者は王とす。日に祭り、月に祀り、時に享し、歳に貢し、終に王とす。先王の順祀や、祭らざる有れば則ち意を修め、祀らざる有れば則ち言を修め、享せざる有れば則ち文を修め、貢せざる有れば則ち名を修め、王とせざる有れば則ち徳を修め、序成りて至らざる有れば則ち刑を修む。是に於て祭らざるを刑し、祀らざるを伐ち、享せざるを征し、貢せざるを譲め、王とせざるに告ぐる有り。是に於て刑罰の辟有り、攻伐の兵有り、征討の備有り、威譲の命有り、文告の辞有り。令を布き辞を陳べて至らざる有れば、則ち増して徳を修め、民を遠きに勤むること無し。是を以て近きは聴かざる無く、遠きは服せざる無し。今大畢・伯士の終はりしより、犬戎氏其の職を以て来王す。天子曰く、『予必ず享せざるを以て之を征し、且つ之に兵を観さん』と。乃ち先王の訓を廃して、王幾ど頓れんか。吾聞く、犬戎は敦を樹て、旧徳に率ひて終はりを守ること純固なりと。其れ以て我を御ぐ有らん」と。王遂に之を征し、四白狼・四白鹿を得て以て帰る。是れより荒服の者至らず。諸侯睦まざる者有り。甫侯王に言ひ、修刑辟を作る。王曰く、「吁、来たれ。国有り土有るもの、汝に祥刑を告げん。
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『晏子春秋』問上・景公問伐魯晏子對以不若修政以待其亂景公兵を挙げて魯を伐たんと欲し、以て晏子に問う。晏子対えて曰く、「不可なり。魯公は義を好みて民之を戴く。義を好む者は安く、戴かるる者は和す、伯禽の治存す、故に攻むべからず。義を攻むる者は祥ならず、安きを危うくする者は必ず困しむ。且つ嬰之を聞く、人を伐つ者は、徳以て其の国を安んずるに足り、政以て其の民を和するに足り、国安く民和して、然る後に以て兵を挙げて暴を征すべし、と。今君は酒を好みて辟、徳以て国を安んずる無し。藉斂を厚くして使令を急にし、政以て民を和する無し。徳以て之を安んずる無ければ則ち危うく、政以て之を和する無ければ則ち乱る。危乱の理を免れざるに、而も安和の国を伐たんと欲するは、不可なり。政を修めて其の君の乱るるを待つに若かず、民其の君に離れ、上其の下を怨みて、然る後に之を伐たば、則ち義厚くして利多し。義厚ければ則ち敵寡く、利多ければ則ち民歓ぶ」と。公曰く、「善し」と。遂に魯を伐つことを果たさず。
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らふ有らば、必ず諸(これ)を道に求めよ。言の汝の志に遜(したが)ふ有らば、必ず諸を非道に求めよ。嗚呼(ああ)、
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