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論語と算盤 / 理想と迷信・修験者の失敗

所が、天保三年は今より二十三年前の事であるから、其所で余は修験者に向ひ、『只今御聞きの通り、無縁仏の有無が明かに知れる位の神様が、年号を知らぬといふ訳はない筈のことだ、斯様いふ間違があるやうでは、まるで信仰も何も出来るものぢやない、果して霊妙に通ずる神様なら、年号ぐらゐは立派に御解りにならねばならぬ、然るに此の見易き年号すらも誤る程では、所詮取るに足らぬものであらう

書き下し

ところが、天保三年は今より二十三年前の事であるから、そこで余は修験者に向かい、「ただ今お聞きの通り、無縁仏の有無が明らかに知れるくらいの神様が、年号を知らぬという訳はない筈のことだ。かような間違いがあるようでは、まるで信仰も何も出来るものじゃない。果たして霊妙に通ずる神様なら、年号ぐらいは立派にお解りにならねばならぬ。しかるにこの見易き年号すらも誤るほどでは、所詮取るに足らぬものであろう」

現代語訳

ところが天保三年といえば今から二十三年前のことである。そこで私は修験者に向かってこう言った。「ただいまお聞きのとおりです。無縁仏がいるかどうかまで明らかに分かるほどの神様が、年号を知らないという道理はないはずです。こんな間違いがあるようでは、信仰も何もあったものではない。本当に霊妙に通じる神様なら、年号ぐらいは立派にお分かりになるはずだ。それなのに、こんな分かりやすい年号すら誤るようでは、所詮は取るに足らないものでしょう」

解説

渋沢十五歳のときの実話である。姉が病み、親戚に勧められて母が留守中に祈禱を頼んだ。中座に立てられたのは、最近雇い入れたばかりの飯炊きの女だった。神が降りたとして、この家には金神と井戸の神が祟る、無縁仏がいる、と告げる。皆が得心する中で、少年の渋沢だけが「その無縁仏はいつの人か」と尋ねた。五六十年前だと言う。では年号は、と重ねると「天保三年」——二十三年前である。ここで彼が突いたのは信仰そのものではなく、内部の矛盾だった。修験者は「野狐が来たのだろう」と言い逃れ、祠の建立は沙汰やみになった。検証可能な一点に絞って問う。少年時代からの、この手つきが渋沢の実証精神である。

この章句が説くこと

迷信の打破修験者中座検証できる一点

この一句を、あなたの毎日に。

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