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六祖壇経 / 頓漸品第八

師曰:「汝師戒定慧,接大乘人;吾戒定慧,接最上乘人。悟解不同,見有遲疾;汝聽吾說,與彼同否?吾所說法,不離自性;離體說法,名為相說;自性常迷,須知一切萬法,皆從自性起用,是真戒定慧法,聽吾偈曰:『心地無非自性戒,心地無痴自性慧,心地無亂自性定,不增不減自金剛,身去身來本三昧。』」

新字:師曰:「汝師戒定慧,接大乗人;吾戒定慧,接最上乗人。悟解不同,見有遅疾;汝聴吾説,与彼同否?吾所説法,不離自性;離体説法,名為相説;自性常迷,須知一切万法,皆従自性起用,是真戒定慧法,聴吾偈曰:『心地無非自性戒,心地無痴自性慧,心地無乱自性定,不增不減自金剛,身去身来本三昧。』」

書き下し

師曰く、「汝が師の戒定慧は、大乘の人を接す。吾が戒定慧は、最上乘の人を接す。悟解同じからず、見に遲疾有り。汝吾が説を聽け、彼と同じきや否や。吾が説く所の法は、自性を離れず。體を離れて法を説く、名づけて相説と為す。自性常に迷ふ。須らく知るべし、一切の萬法は、皆な自性より起用す、是れ真の戒定慧の法なりと。吾が偈を聽け」と曰く、『心地に非無きは自性の戒、心地に痴無きは自性の慧、心地に亂無きは自性の定。增さず減らざるは自ら金剛、身去り身來るも本と三昧なり。』

現代語訳

慧能は言った。「おまえの師(神秀)の戒定慧は、大乗の人を導くもの。私の戒定慧は、最上乗の人を導くもの。悟りかたが同じでなく、見えかたに遅い速いがある。私の説を聴きなさい、あちらと同じかどうか。私が説く法は、自性を離れない。本体を離れて法を説くのは、姿かたちで説くという。自性は常に迷っている。知るべきだ、あらゆるものはみな自性からはたらき出す、それが真の戒定慧の法なのだと。私の偈を聴きなさい」。「心の地に間違いがないのが自性の戒、心の地に愚かさがないのが自性の慧、心の地に乱れがないのが自性の定。増えも減りもしないのがそのまま金剛、身が去り身が来ても、もとより三昧である」。

解説

神秀のもとから来た志誠に、「おまえの師は戒定慧をどう説くか」と尋ね、返ってきた答え——諸悪をなさないのが戒、諸善を行うのが慧、自ら心を浄めるのが定——に対して慧能が示した自分の戒定慧である。神秀の定義は行為で語られている。慧能は「心地」で語る。しない・する、ではなく、心の地にそれが無い。行為を規制する戒ではなく、規制する必要のない状態を戒と呼ぶ。順序が違うのは、前に見た「心平何勞持戒」と同じ構えである。注意したいのは、慧能が神秀の説を誤りと言っていないことだ。「大乘の人を接す」——導く相手が違う、と位置づけている。そのうえで「體を離れて法を説く、名づけて相説と為す」と自分の基準を述べる。偈の締めが良い。「身去り身來るも本と三昧なり」。行ったり来たりする日常の動きが、そのまま三昧だという。

この章句が説くこと

心地無非自性戒志誠神秀の戒定慧相説

この一句を、あなたの毎日に。

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