六祖壇経 / 機縁品第七
覺曰:「生死事大,無常迅速。」 師曰:「何不體取無生,了無速乎?」 曰:「體即無生,了本無速。」 師曰:「如是,如是!」
新字:覚曰:「生死事大,無常迅速。」 師曰:「何不体取無生,了無速乎?」 曰:「体即無生,了本無速。」 師曰:「如是,如是!」
書き下し
覺曰く、「生死は事大なり、無常は迅速なり」と。師曰く、「何ぞ無生を體取して、速無きを了せざる」と。曰く、「體は即ち無生、了は本と速無し」と。師曰く、「是くの如し、是くの如し」と。
現代語訳
玄覚は言った。「生死は一大事であり、無常は迅速です」。慧能は言った。「どうして生じることのない本体を体得して、速さなどないと悟らないのか」。玄覚は言った。「体はそのまま無生であり、悟りにはもともと速さなどありません」。慧能は言った。「その通り、その通り」。
解説
永嘉玄覚が慧能を訪ね、礼もせずに周りを三度回って錫杖を突き立てた。「なぜ礼をしないのか」から始まる、短く速い応酬の山場である。玄覚が「生死事大、無常迅速」と言う。生死は一大事、時は待たない——修行者の切迫を示す常套句で、いまも禅寺の板木に打たれている言葉だ。慧能はそれをそのまま受けず、「何ぞ無生を體取して、速無きを了せざる」と返す。生じることのないものを体得すれば、速いも遅いもない。急いでいる当人の足元を外した。玄覚はひるまず「體は即ち無生、了は本と速無し」と即座に言い切る。相手の言葉をそのまま踏んで返した。慧能は「是くの如し、是くの如し」とだけ言う。この一泊で玄覚は認められ、一晩泊まって帰ったので「一宿覚」と呼ばれた。急ぐ気持ちが本物かどうかを、たった二往復で見きわめている。
この章句が説くこと
永嘉玄覚生死事大無常迅速一宿覚無生
関連する章句
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『六祖壇経』機縁品第七玄覚方に威儀を具へて礼拝す。須臾にして告辞す。師曰く、「返ること太(はなは)だ速かならずや」と。曰く、「本自(もと)動くに非ず、豈に速きこと有らんや」と。師曰く、「誰か動くに非ざることを知る」と。曰く、「仁者自ら分別を生ず」と。師曰く、「汝甚だ無生の意を得たり」と。曰く、「無生に豈に意有らんや」と。師曰く、「意無くんば誰か当に分別すべき」と。曰く、「分別も亦た意に非ず」と。師曰く、「善い哉。少しく留まりて一宿せよ」と。時に一宿覚と謂ふ。後に証道歌を著し、盛んに世に行はる。諡して無相大師と曰ひ、時に称して其の覚と為す。禅者智隍は、初め五祖に参じ、自ら已に正受を得たりと謂ひ、庵に居りて長坐すること、二十年を積む。師の弟子玄策、遊方して河朔に至り、隍の名を聞きて、庵に造(いた)りて問ひて云く、「汝此に在りて甚麼をか作す」と。隍曰く、「入定す」と。策云く、「汝入定すと云ふ、有心にして入るとせんや、無心にして入るとせんや。若し無心にして入らば、一切の無情の草木瓦石も、応に合に定を得べし。若し有心にして入らば、一切の有情含識の流も、亦た応に定を得べし」と。隍曰く、「我正に入定する時、有無の心有ることを見ず」と。策云く、「有無の心有ることを見ずんば、即ち是れ常定なり、何ぞ出入有らん。若し出入有らば、即ち大定に非ず」と。隍対ふること無し。良久しくして、問ひて曰く、「師は誰にか嗣ぐ」と。策云く、「我が師は曹溪の六祖なり」と。隍云く、「六祖は何を以てか禅定と為す」と。策云く、「我が師の説く所は、妙湛円寂にして、体用如如たり。五陰は本空、六塵は有に非ず。出でず入らず、定まらず乱れず。禅性は住無し、住を離れて禅寂す。禅性は生無し、生を離れて禅想す。心は虚空の如くにして、亦た虚空の量無し」と。隍是の説を聞きて、徑ちに来りて師に謁す。師問ひて云く、「仁者何れより来る」と。隍具さに前縁を述ぶ。師云く、「誠に言ふ所の如し」と。師其の遠く来るを憫れみ、遂に開決を垂る。隍是に於て大悟し、二十年の所得の心、都て影響無し。其の夜、河北の士庶、空中に声有りて云ふを聞く、「隍禅師今日道を得たり」と。
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『六祖壇経』機縁品第七師曰く、「甚麼物か恁麼(いんも)に来る」と。曰く、「一物を説似すれば即ち中らず」と。師曰く、「還つて修証すべきや否や」と。曰く、「修証は即ち無きにあらず、染汚することは即ち得ず」と。師曰く、「只だ此の染汚せざる、諸仏の護念したまふ所なり。汝既に是くの如し、吾も亦た是くの如し」と。譲豁然として契会し、遂に左右に執侍すること一十五載、日に玄奥に臻る。後に南岳に往きて、大いに禅宗を闡く。勅して大慧禅師と諡す。永嘉玄覚禅師は、温州戴氏の子なり。少くして経論を習ひ、天台の止観の法門に精し。維摩経を看るに因りて、心地を発明す。偶ま師の弟子玄策相訪ひ、与に劇談するに、出言暗に諸祖に合す。策云く、「仁者法を得たる師は誰ぞ」と。曰く、「我方等の経論を聴くに、各師承有り。後に維摩経に於て、仏心宗を悟るも、未だ証明する者有らず」と。策云く、「威音王已前は即ち得たり、威音王已後、師無くして自ら悟るは、尽く是れ天然外道なり」と。云く、「願はくは仁者我が為に証拠せよ」と。策云く、「我が言は軽し。曹溪に六祖大師有り、四方雲集す、並びに是れ法を受くる者なり。若し去らば、則ち与に偕に行かん」と。覚遂に策と同に来り参じ、師を繞ること三匝、錫を振りて立つ。師曰く、「夫れ沙門は、三千の威儀、八万の細行を具ふ。大徳何れの方よりか来りて、大我慢を生ずる」と。
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『碧巌録』第三十一則爾見ずや、永嘉曹渓に到りて六祖に見え、禅床を遶ること三匝、錫を振ること一下して、卓然として立つ。祖云く、夫れ沙門は、三千の威儀、八万の細行を具す。大徳何れの方よりして来り、大我慢を生ずる。什麼としてか六祖却つて他が大我慢を生ずと道ふ。此箇も也た是とも説かず、也た不是とも説かず。是と不是と都て是れ繫驢橛なり。唯だ雪竇の両錯を下す有りて、猶ほ些子に較れり。麻谷云く、章敬は是と道ふ、和尚什麼としてか不是と道ふと。這の老漢眉毛を惜しまず、漏逗すること少なからず。南泉道ふ、章敬は則ち是、汝は不是と。南泉は兎を見て鷹を放つと謂ひつべし。慶蔵主云く、南泉忒殺郎当なり、不是ならば便ち休せよ、更に他の与に過を出すと。此れは是れ風力の転ずる所、終に敗壊を成す。円覚経に云く、我が今の此の身は、四大和合す。所謂髪毛爪歯、皮肉筋骨、髄脳垢色は、皆地に帰す。唾涕膿血は皆水に帰す。暖気は火に帰し、動転は風に帰す。四大各離れなば、今者の妄身、当に何処にか在るべき。他の麻谷錫を持して禅床を遶る、既に是れ風力の転ずる所、終に敗壊を成す。且く道へ、畢竟心宗を発明する底の事、什麼の処にか在る。這裏に到りては、也た須らく是れ生鉄もて鋳就せる底の箇の漢にして始めて得べし。
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『六祖壇経』行由品第一此の偈を書し已るに、徒衆総て驚き、嗟訝せざる無く、各相謂ひて言ふ、「奇なる哉。貌を以て人を取るを得ず。何ぞ多時、他の肉身菩薩を使ふことを得たる」と。祖、衆人の驚怪するを見て、人の損害せんことを恐れ、遂に鞋を将て偈を擦り了(をは)りて曰く、「亦未だ見性せず」と。衆以て然りと為す。次の日、祖潜かに碓坊に至り、能の石を腰にして米を舂くを見て、語りて曰く、「道を求むるの人は、法の為に躯を忘る。当に是の如くなるべきか」と。乃ち問ひて曰く、「米熟するや未だしや」と。恵能曰く、「米熟すること久し。猶ほ篩(ふるひ)を欠く在り」と。祖、杖を以て碓を撃つこと三下して去る。恵能即ち祖の意を会し、三鼓に室に入る。祖、袈裟を以て遮り囲み、人をして見しめず、為に金剛経を説く。「応に住する所無くして其の心を生ずべし」に至りて、恵能言下に大悟し、一切万法、自性を離れず。
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『六祖壇経』機縁品第七刹那に生相有ること無く、刹那に滅相有ること無く、更に生滅の滅すべき無し、是れ則ち寂滅現前す。現前する時に当りて、亦た現前の量無し、乃ち常楽と謂ふ。此の楽は受くる者有ること無く、亦た受けざる者無し、豈に一体五用の名有らんや。何ぞ況んや更に涅槃は諸法を禁伏して、永く生ぜざらしむと言ふをや。斯れ乃ち仏を謗り法を毀るなり。吾が偈を聴け。曰く、『無上の大涅槃は、円明にして常に寂照す。凡愚は之を死と謂ひ、外道は執して断と為す。諸の二乗を求むる人は、目して以て無作と為す。尽く情の計る所に属し、六十二見の本なり。妄りに虚仮の名を立つ、何をか真実の義と為さん。惟だ過量の人のみ有りて、通達して取捨無し。以て五蘊の法、及び蘊中の我、外に衆の色像、一一の音声の相を現ずるを知る。平等にして夢幻の如し、凡聖の見を起さず、涅槃の解を作さず、二辺三際断ず。常に諸根の用に応じて、而も用の想を起さず。一切の法を分別して、分別の想を起さず。劫火海底を焼き、風鼓して山相撃つとも、真常寂滅の楽、涅槃の相是くの如し。吾今強ひて言説す、汝をして邪見を捨てしめん。汝言に随ひて解すること勿れ、汝に少分を知ることを許す』」と。志道偈を聞きて大悟し、踊躍し礼を作して退く。行思禅師は、吉州安城の劉氏に生る。曹溪の法席盛んに化すと聞きて、徑ちに来りて参礼し、遂に問ひて曰く、「当に何の務むる所にか、即ち階級に落ちざらん」と。師曰く、「汝曽て甚麼(なに)をか作し来る」と。曰く、「聖諦も亦た為さず」と。師曰く、「何の階級にか落つる」と。曰く、「聖諦すら尚ほ為さず、何の階級か之れ有らん」と。師深く之を器とし、思をして衆に首たらしむ。一日、師謂ひて曰く、「汝当に一方に分化して、断絶せしむること無かるべし」と。思既に法を得て、遂に吉州青原山に回り、法を弘め化を紹ぐ。弘済禅師と諡す。懐譲禅師は、金州杜氏の子なり。初め嵩山の安国師に謁す。安、之を発して曹溪に参扣せしむ。譲至りて礼拝す。師曰く、「甚れの処よりか来る」と。曰く、「嵩山」と。
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『六祖壇経』機縁品第七「惠能に伎倆沒し、百思想を斷ぜず。 境に對して心數〻起こる、菩提作麼か長ぜん。」
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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