臨済録 / 勘辨
因普化常於街市搖鈴云:「明頭來明頭打、暗頭來暗頭打,四方八面來旋風打,虛空來連架打。」師令侍者去,纔見如是道,便把住云:「總不與麼來時如何?」普化托開,云:「來日大悲院裏有齋。」侍者回舉似師。師云:「我從來疑著這漢。」
新字:因普化常於街市揺鈴云:「明頭来明頭打、暗頭来暗頭打,四方八面来旋風打,虚空来連架打。」師令侍者去,纔見如是道,便把住云:「総不与麼来時如何?」普化托開,云:「来日大悲院裏有斎。」侍者回舉似師。師云:「我従来疑著這漢。」
書き下し
普化常に街市に於て鈴を搖らして云ふに因る、「明頭來れば明頭打、暗頭來れば暗頭打、四方八面より來れば旋風のごとく打、虛空より來れば連架のごとく打」と。師侍者をして去かしむ。纔かに是くの如く道ふを見て、便ち把住して云く、「總て與麼に來らざる時如何」と。普化托開して云く、「來日大悲院裏に齋有り」と。侍者回りて師に舉似す。師云く、「我れ從來この漢を疑著す」と。
現代語訳
普化がいつも町なかで鈴を振ってこう唱えていた。「明るい方から来れば明るい方で打つ、暗い方から来れば暗い方で打つ、四方八方から来れば旋風のように打つ、虚空から来れば殻竿のように打つ」。慧照は侍者を行かせた。侍者はそう唱えているのを見るなり、普化をつかまえて言った。「どちらからも来ないときはどうする」。普化は突き放して言った。「明日、大悲院で斎がある」。侍者が帰って慧照に伝えた。慧照は言った。「わしは前々からこの男を見込んでいた」。
解説
普化が町で唱えていた四句は、どこから来ても打つ、という宣言である。明にも暗にも、四方八方にも、虚空にも応じる。臨済は侍者をやって、その網の外側を突かせた。「總て與麼に來らざる時如何」——どこからも来なかったらどうする。四つの場合をすべて挙げた者に、五つ目を突きつけた形である。普化の答えが見事だ。「來日大悲院裏に齋有り」——明日、大悲院で食事の振る舞いがある。まったく噛み合っていない。だが、噛み合わないことが答えになっている。理詰めで詰め寄られた場を、日常の一言でずらして、詰め寄る構図そのものを消してしまった。臨済の反応も面白い。「我れ從來この漢を疑著す」。この「疑」は疑惑ではなく、ただ者ではないと目をつけていた、という含みである。仕掛けた側が、返しを見て相手を認めている。
この章句が説くこと
普化揺鈴明頭来明頭打勘弁土俵をずらす
関連する章句
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『臨済録』勘辨一日、普化僧堂の前に在りて生菜を喫す。師見て云く、「大いに一頭の驢に似たり」と。普化便ち驢鳴を作す。師云く、「這の賊」と。普化云く、「賊、賊」と。便ち出で去る。
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『臨済録』勘辨黄檗、厨に入る次いで、飯頭に問う、「什麼(なに)をか作す。」飯頭云く、「衆僧の米を揀ぶ。」黄檗云く、「一日に多少(いくばく)をか喫す。」飯頭云く、「二石五。」黄檗云く、「太(はなは)だ多きこと莫しや。」飯頭云く、「猶お少なきことを恐る。」黄檗便ち打つ。飯頭却って師に挙似す。師云く、「我れ汝が為に這の老漢を勘せん。」纔かに到って侍立する次いで、黄檗前話を挙す。師云く、「飯頭会せず、請う和尚代わって一転語せよ。」師便ち問う、「太だ多きこと莫しや。」黄檗云く、「何ぞ来日更に一頓を喫せんと道わざる。」師云く、「什麼の来日とか説かん。即今便ち喫せよ。」道い了って便ち掌す。黄檗云く、「這の風顛漢、又た這裏に来たって虎鬚を捋(な)ず。」師便ち喝して出で去る。後に潙山、仰山に問う、「此の二尊宿の意、作麼生(そもさん)。」仰山云く、「和尚作麼生。」潙山云く、「子を養って方に父の慈を知る。」仰山云く、「然らず。」潙山云く、「子又た作麼生。」仰山云く、「大いに賊を勾(ひ)いて家を破るに似たり。」師、僧に問う、「什麼の処よりか来たる。」僧便ち喝す。師便ち揖して坐せしむ。僧擬議す。師便ち打つ。師、僧の来たるを見て便ち払子を竪起す。僧礼拝す。師便ち打つ。又た僧の来たるを見て、亦た払子を竪起す。僧顧みず。師亦た打つ。師一日、普化と同じく施主の家の斎に赴く次いで、師問う、「毛、巨海を呑み、芥、須弥を納る、為(は)た是れ神通妙用なるか、本体如然なるか。」普化、飯床を踏倒す。師云く、「太麁生(はなはだそせい)。」普化云く、「這裏は是れ什麼の所在ぞ、麁と説き細と説く。」師来日又た普化と同じく斎に赴く。問う、「今日の供養は昨日に何似(いかん)。」普化前に依って飯床を踏倒す。師云く、「得きことは即ち得きも、太麁生。」普化云く、「瞎漢、仏法に什麼の麁細をか説かん。」師乃ち舌を吐く。師一日、河陽・木塔の長老と同じく僧堂の地炉の内に在って坐す。因みに説く、「普化毎日街市に在って掣風掣顛す、知らず他は是れ凡か是れ聖か。」言猶お未だ了らざるに、普化入り来たる。
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『臨済録』勘辨師便ち問う、「汝は是れ凡か、是れ聖か。」普化云く、「汝且(しばら)く道え、我は是れ凡か、是れ聖か。」師便ち喝す。普化手を以て指して云く、「河陽は新婦子、木塔は老婆禅、臨済は小廝児(しょうしじ)、却って一隻眼を具す。」師云く、「這の賊。」普化云く、「賊、賊。」便ち出で去る。
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『驢鞍橋』卷中同録に曰く、臨済、一日、河陽・木塔長老と同じく僧堂の地炉内に在りて坐す。因みに説く、普化は毎日街市に在りて掣風掣顛す、知んぬ他は是れ凡か是れ聖か。言猶お未だ了らざるに、普化入衆し来る。済便ち問う、汝は是れ凡か是れ聖か。普化云く、汝且く道え、我は是れ凡か是れ聖か。済便ち喝す。普化手を以て指して云く、河陽は新婦子、木塔は老婆禅、臨済は小廝児、却って一隻眼を具す。一僧問ふ、此の三長老は、実に隻眼開いた人也や。師の云はく、中中普化の眼から見ては、三人共に無眼子なるべし。境界に大に替り有り、手を以て指して批判したる様なこなしたるあいしらい有らんやと也。
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『臨済録』勘辨師、一尼に問う、「善来か、悪来か。」尼便ち喝す。師、棒を拈じて云く、「更に道え、更に道え。」尼又た喝す。師便ち打つ。竜牙問う、「如何なるか是れ祖師西来の意。」師云く、「我が与(ため)に禅板を過(わた)し来たれ。」牙便ち禅板を過して師に与う。師接得して便ち打つ。牙云く、「打つことは即ち打つに任す、要且(ようしょ)祖師の意無し。」牙後に翠微に到って問う、「如何なるか是れ祖師西来の意。」微云く、「我が与に蒲団を過し来たれ。」牙便ち蒲団を過して翠微に与う。翠微接得して便ち打つ。牙云く、「打つことは即ち打つに任す、要且祖師の意無し。」牙住院の後、僧有り、入室請益して云く、「和尚行脚の時、二尊宿に参ぜし因縁、還って他を肯うや。」牙云く、「肯うことは即ち深く肯う、要且祖師の意無し。」径山に五百衆有るも、参請する者少なし。黄檗、師をして径山に到らしめんとし、乃ち師に謂って曰く、「汝彼に到って作麼生。」師云く、「某甲彼に到らば自ら方便有り。」師、径山に到り、装腰して法堂に上って径山に見ゆ。径山方に頭を挙ぐるや、師便ち喝す。径山口を開かんと擬するや、師、払袖して便ち行く。尋いで僧有り、径山に問う、「這の僧、適来什麼の言句有ってか便ち和尚を喝せし。」径山云く、「這の僧は黄檗の会裏より来たる。爾知らんと要すや、且く他に問取せよ。」径山の五百衆、太半分散す。普化一日、街市の中に於いて人に就いて直裰(じきとつ)を乞う。人皆之を与う。普化俱に要せず。師、院主をして棺一具を買わしむ。普化帰り来たる。師云く、「我、汝が与に箇の直裰を做し得了れり。」普化便ち自ら担い去り、街市を繞って叫んで云く、「臨済、我が与に直裰を做し了れり。我れ東門に往いて遷化し去らん。」市人競い随って之を看る。普化云く、「我れ今日は未だし、来日南門に往いて遷化し去らん。」是の如くすること三日、人皆信ぜず。第四日に至って人の随い看る無し。独り城外に出で、自ら棺内に入り、路行く人を倩(やと)うて之に釘うたしむ。即時に伝布し、市人競い往いて棺を開くに、乃ち全身脱去するを見る。秖だ空中に鈴の響きの隠隠として去るを聞くのみ。
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『臨済録』勘辨一老宿有り、師に参じ、未だ曾て人事せずして便ち問う、「礼拝するが即ち是か、礼拝せざるが即ち是か。」師便ち喝す。老宿便ち礼拝す。師云く、「好箇の草賊。」老宿云く、「賊、賊。」便ち出で去る。師云く、「無事にして好しと道うこと莫かれ。」首座侍立する次いで、師云く、「還って過有りや。」首座云く、「有り。」師云く、「賓家に過有りや、主家に過有りや。」首座云く、「二俱に過有り。」師云く、「過は什麼の処にか在る。」首座便ち出で去る。師云く、「無事にして好しと道うこと莫かれ。」後に僧有り、南泉に挙似す。南泉云く、「官馬相踏む。」師因みに軍営に入って斎に赴く。門首に員僚を見る。師、露柱を指して問う、「是れ凡か、是れ聖か。」員僚無語。師、露柱を打って云く、「直饒(たとい)道い得るも、也た秖だ是れ箇の木橛(ぼっけつ)。」便ち入り去る。師、院主に問う、「什麼の処よりか来たる。」主云く、「州中に黄米を糶(う)りに去り来たる。」師云く、「糶り得尽くすや。」主云く、「糶り得尽くす。」師、杖を以て面前に一画を画して云く、「還って這箇を糶り得るや。」主便ち喝す。師便ち打つ。典座至る。師前語を挙す。典座云く、「院主、和尚の意を会せず。」師云く、「爾は作麼生。」典座便ち礼拝す。師亦た打つ。座主有り、来たって相看する次いで、師、座主に問う、「何の経説をか講ず。」主云く、「某甲荒虚にして粗(ほぼ)百法論を習う。」師云く、「一人有り、三乗十二分教に於いて明らめ得、一人有り、三乗十二分教に於いて明らめ得ず、是れ同か是れ別か。」主云く、「明らめ得れば即ち同、明らめ得ざれば即ち別。」楽普、侍者為りて師の後に在って立ち、云く、「座主、這裏は是れ什麼の所在ぞ、同と説き別と説く。」師、首を回らして侍者に問う、「汝又た作麼生。」侍者便ち喝す。師、座主を送り、回り来たって遂に侍者に問う、「適来是れ汝、老僧を喝せしか。」侍者云く、「是。」師便ち打つ。師、第二代徳山の垂示を聞く、云く、「道い得るも也た三十棒、道い得ざるも也た三十棒。」
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