臨済録 / 勘辨
一日普化在僧堂前喫生菜。師見云:「大似一頭驢。」普化便作驢鳴。師云:「這賊。」普化云:「賊賊。」便出去。
書き下し
一日、普化僧堂の前に在りて生菜を喫す。師見て云く、「大いに一頭の驢に似たり」と。普化便ち驢鳴を作す。師云く、「這の賊」と。普化云く、「賊、賊」と。便ち出で去る。
現代語訳
ある日、普化が僧堂の前で生野菜を食べていた。慧照はそれを見て言った。「まるで一頭のろばだな」。普化はすぐにろばの鳴きまねをした。慧照は言った。「この賊め」。普化は言った。「賊、賊」。そのまま出ていった。
解説
普化は臨済の同参で、市中で鈴を振って歩いた奇人として知られる。ここでは臨済が仕掛け、普化が受ける。「一頭の驢に似たり」——ろばのようだ、という侮辱に、普化は反論せず、その場でろばの鳴きまねをした。侮辱を否定も肯定もせず、そのまま演じてしまう。受け取り方を変えれば、悪口は成立しない。臨済は「這の賊」と返す。ここでの賊は、相手の仕掛けを盗んで自分のものにしてしまう者への、半ば賞賛を含んだ罵りである。普化は「賊、賊」と繰り返して去る。自分が賊だと認めたのか、臨済こそ賊だと言い返したのか、どちらとも取れる。五十二字のあいだに、二人が一度も説明せずに応酬を終えている。禅の勘辨——腕くらべの記録が、なぜ問答の形をとるのかがよく分かる一段である。
この章句が説くこと
普化驢鳴勘弁侮辱の受け方