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六韜 / 戦車

武王問太公曰:「戰車奈何?」太公曰:「步貴知變動,車貴知地形,騎貴知別徑奇道。三軍同名而異用也。凡車之死地有十,其勝地有八。」武王曰:「十死之地奈何?」太公曰:「往而無以還者,車之死地也;越絕險阻、乘敵遠行者,車之竭地也;前易後險者,車之困地也;陷之險阻而難出者,車之絕地也;圯下漸澤、黑土黏埴者,車之勞地也;左險右易、上陵仰阪者,車之逆地也;殷草橫畝、犯歷深澤者,車之拂地也;車少地易、與步不敵者,車之敗地也;後有溝瀆、左有深水、右有峻阪者。車之壞地也;日夜霖雨,旬日不止,道路潰陷,前不能進、後不能解者,車之陷地也;此十者、車之死地也,故拙將之所以見擒、明將之所以能避也。」武王曰:「八勝之地奈何?」太公曰:「敵之前後,行陳未定,即陷之;旌旗擾亂,人馬數動,即陷之;士卒或前或後,或左或右,即陷之;陳不堅固,士卒前後相顧,即陷之;前往而疑,後恐而怯,即陷之;三軍卒驚,皆薄而起,即陷之;戰於易地,暮不能解,即陷之;遠行而暮舍,三軍恐懼,即陷之。此八者、車之勝地也。將明於十害八勝,敵雖圍周,千乘萬騎,前驅旁馳,萬戰必勝。」武王曰:「善哉。」

新字:武王問太公曰:「戦車奈何?」太公曰:「歩貴知変動,車貴知地形,騎貴知別径奇道。三軍同名而異用也。凡車之死地有十,其勝地有八。」武王曰:「十死之地奈何?」太公曰:「往而無以還者,車之死地也;越絶険阻、乗敵遠行者,車之竭地也;前易後険者,車之困地也;陥之険阻而難出者,車之絶地也;圯下漸沢、黒土黏埴者,車之労地也;左険右易、上陵仰阪者,車之逆地也;殷草横畝、犯歴深沢者,車之払地也;車少地易、与歩不敵者,車之敗地也;後有溝瀆、左有深水、右有峻阪者。車之壊地也;日夜霖雨,旬日不止,道路潰陥,前不能進、後不能解者,車之陥地也;此十者、車之死地也,故拙将之所以見擒、明将之所以能避也。」武王曰:「八勝之地奈何?」太公曰:「敵之前後,行陳未定,即陥之;旌旗擾乱,人馬数動,即陥之;士卒或前或後,或左或右,即陥之;陳不堅固,士卒前後相顧,即陥之;前往而疑,後恐而怯,即陥之;三軍卒驚,皆薄而起,即陥之;戦於易地,暮不能解,即陥之;遠行而暮舎,三軍恐懼,即陥之。此八者、車之勝地也。将明於十害八勝,敵雖囲周,千乗万騎,前駆旁馳,万戦必勝。」武王曰:「善哉。」

書き下し

武王(ぶおう)太公(たいこう)に問(と)ひて曰(いは)く、「戦車(せんしゃ)奈何(いかん)」と。太公曰く、「歩(ほ)は変動(へんどう)を知(し)るを貴(たっと)び、車(しゃ)は地形(ちけい)を知るを貴び、騎(き)は別径(べっけい)奇道(きどう)を知るを貴ぶ。三軍(さんぐん)名(な)を同(おな)じくして用(よう)を異(こと)にするなり。凡(およ)そ車(しゃ)の死地(しち)に十(じゅう)有(あ)り、其(そ)の勝地(しょうち)に八(はち)有り」と。武王曰く、「十死(じっし)の地(ち)奈何」と。太公曰く、「往(ゆ)きて以(もっ)て還(かへ)る無(な)き者(もの)は、車の死地なり。絶険(ぜっけん)阻(そ)を越(こ)え、敵(てき)に乗(じょう)じて遠行(えんこう)する者は、車の竭地(けっち)なり。前(まへ)は易(やす)く後(うしろ)は険(けん)なる者は、車の困地(こんち)なり。険阻(けんそ)に陥(おちい)りて出(い)で難(がた)き者は、車の絶地(ぜっち)なり。圯下(ひか)漸沢(ぜんたく)、黒土(こくど)黏埴(ねんしょく)なる者は、車の労地(ろうち)なり。左(ひだり)は険(けん)にして右(みぎ)は易(やす)く、陵(りょう)に上(のぼ)り阪(さか)を仰(あふ)ぐ者は、車の逆地(ぎゃくち)なり。殷草(いんそう)畝(うね)に横(よこ)たはり、深沢(しんたく)を犯歴(はんれき)する者は、車の払地(ふつち)なり。車少(すく)なく地(ち)易(やす)く、歩(ほ)と敵(てき)せざる者は、車の敗地(はいち)なり。後(うしろ)に溝瀆(こうとく)有(あ)り、左に深水(しんすい)有り、右に峻阪(しゅんぱん)有る者は、車の壊地(かいち)なり。日夜(にちや)霖雨(りんう)、旬日(じゅんじつ)止(や)まず、道路(どうろ)潰陥(かいかん)し、前(まへ)は進(すす)む能(あた)はず、後(うしろ)は解(と)く能はざる者は、車の陥地(かんち)なり。此(こ)の十(じゅう)は車の死地なり。故(ゆゑ)に拙将(せっしょう)の擒(とりこ)と為(な)らるる所以(ゆゑん)、明将(めいしょう)の能(よ)く避(さ)くる所以なり」と。武王曰く、「八勝(はっしょう)の地(ち)奈何」と。太公曰く、「敵の前後(ぜんご)、行陳(こうじん)未(いま)だ定(さだ)まらざれば、即(すなは)ち之(これ)を陥(おと)す。旌旗(せいき)擾乱(じょうらん)し、人馬(じんば)数(しばしば)動(うご)かば、即ち之を陥す。士卒(しそつ)或(ある)いは前(まへ)に或いは後(うしろ)に、或いは左(ひだり)に或いは右(みぎ)ならば、即ち之を陥す。陳(じん)堅固(けんご)ならず、士卒前後相(あひ)顧(かへり)みば、即ち之を陥す。前(まへ)に往(ゆ)きて疑(うたが)ひ、後(うしろ)恐(おそ)れて怯(ひる)まば、即ち之を陥す。三軍卒(にはか)に驚(おどろ)き、皆(みな)薄(せま)りて起(た)たば、即ち之を陥す。易地(いち)に戦(たたか)ひ、暮(く)れて解(と)く能(あた)はざれば、即ち之を陥す。遠行(えんこう)して暮(く)れて舎(やど)り、三軍恐懼(きょうく)せば、即ち之を陥す。此の八(はち)は車の勝地(しょうち)なり。将(しょう)十害(じゅうがい)八勝(はっしょう)に明(あき)らかなれば、敵(てき)周(あまね)く囲(かこ)み、千乗(せんじょう)万騎(ばんき)、前(まへ)に駆(か)け旁(かたはら)に馳(は)すと雖(いへど)も、万戦(ばんせん)必ず勝(か)たん」と。武王曰く、「善(よ)い哉(かな)」と。

現代語訳

武王が太公にたずねた。「戦車の用い方はどうあるべきでしょうか」。太公が答えた。「歩兵は状況の変化を知ることを重んじ、戦車は地形を知ることを重んじ、騎兵は間道や裏道を知ることを重んじます。三軍は同じく軍と呼ばれても、その用いられ方は異なるのです。およそ戦車にとっての死地が十あり、勝地が八あります」。武王が言った。「十の死地とはどのようなものですか」。太公が答えた。「進んだきり戻る道がない場所は、戦車の死地です。険しい要害を越え、敵に乗じて遠くまで進んでしまう場所は、戦車の力尽きる地です。前方は平坦だが後方が険しい場所は、戦車の困る地です。険しい地形にはまり込んで抜け出しにくい場所は、戦車の絶たれる地です。崩れやすい低湿地で、黒い粘土質の土地は、戦車の疲れる地です。左が険しく右が平坦で、丘に登り坂を仰ぎ見るような場所は、戦車の逆らう地です。草が畝を覆って生い茂り、深い沼沢を通り抜けねばならない場所は、戦車の妨げられる地です。戦車の数が少なく地が平坦で、歩兵に対抗できない場所は、戦車の敗れる地です。後方に溝や堀があり、左に深い水があり、右に急な坂がある場所は、戦車の壊れる地です。昼夜長雨が十日も止まず、道路が崩れ落ち、前へも進めず後ろへも抜けられない場所は、戦車の陥る地です。この十が戦車の死地です。だからこそ拙い将は捕虜となり、すぐれた将はこれを避けることができるのです」。武王が言った。「八つの勝地とはどのようなものですか」。太公が答えた。「敵の前後で隊列がまだ定まっていなければ、すぐさま突き崩します。旗が乱れ、人も馬も落ち着かず動き回っていれば、すぐさま突き崩します。兵たちが前に出たり後ろに下がったり、左へ右へと定まらなければ、すぐさま突き崩します。陣が堅固でなく、兵たちが前後を見回して落ち着かなければ、すぐさま突き崩します。前へ進もうとして迷い、後ろでは恐れてひるんでいれば、すぐさま突き崩します。全軍が突然驚き、皆が押し合いながら立ち上がるようであれば、すぐさま突き崩します。平坦地で戦い、日が暮れても戦いを解けずにいれば、すぐさま突き崩します。遠くまで行軍して日暮れに宿営し、全軍が恐れおののいていれば、すぐさま突き崩します。この八つが戦車の勝地です。将が十の害と八つの勝機に通じていれば、敵がぐるりと取り囲み、千の戦車と万の騎兵が前に駆け側面に走り回ったとしても、幾度戦っても必ず勝つでしょう」。武王は「よいことだ」と言った。

解説

戦車の篇は、戦車という戦力が力を発揮できない十の地形と、逆に威力を発揮できる八つの局面を対にして並べたものです。冒頭で太公が言う、歩兵は変化を、戦車は地形を、騎兵は間道を知ることを重んじるという一句が、この章全体の鍵になります。同じ軍の中にあっても、兵種ごとに見るべきものが違う。何を知っていれば力を出せるかが職種によって違うのです。十の死地を見れば、そのほとんどが戦車の強みである速度と突進力を殺す条件だとわかります。強い道具ほど、それが通用しない場所を先に知っておかねばならないということです。一方の八つの勝地は、いずれも敵が態勢を整えられていない瞬間です。経営に置き換えれば、自社の強みが効かない土俵を把握し、強みが最大化される局面を定義しておくこと。この二つを言葉にすれば、無理な戦いを避け勝てる場所を選ぶ判断を、組織全体で共有できます。

この一句を、あなたの毎日に。

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