六韜 / 三陳
武王問太公曰:「凡用兵,為天陳、地陳、人陳,奈何?」太公曰:「日月星辰斗杓,一左一右,一向一背,此謂天陳。丘陵水泉,亦有前後、左右之利,此謂地陳。用車用馬,用文用武,此謂人陳。」武王曰:「善哉。」
書き下し
武王 太公に問ひて曰く、「凡そ用兵に、天陳・地陳・人陳を為すこと、奈何」と。太公曰く、「日月・星辰・斗杓、一たびは左し一たびは右し、一たびは向かひ一たびは背く、此れを天陳と謂ふ。丘陵・水泉も亦た前後・左右の利有り、此れを地陳と謂ふ。車を用ひ馬を用ひ、文を用ひ武を用ふ、此れを人陳と謂ふ」と。武王曰く、「善いかな」と。
現代語訳
武王が太公に尋ねた。「およそ用兵において、天の陣・地の陣・人の陣を組むとは、どういうことでしょうか」。太公は答えた。「日や月、星々や北斗の柄は、あるときは左に、あるときは右に回り、あるときはこちらを向き、あるときは背を向ける。この移り変わりを読んで陣を敷くのを天の陣といいます。丘や陵、川や泉にも、前後左右それぞれに有利不利がある。これを踏まえて陣を敷くのを地の陣といいます。戦車を使い騎馬を使い、文の手立てを使い武の手立てを使う。これを人の陣といいます」。武王は「よくわかった」と言った。
解説
短い篇ですが、太公の戦い方の基本設計が凝縮されています。陣立てを天・地・人の三つの層で捉えるという発想です。天の陣とは、日月星辰の巡りのように刻々と変わる時勢や条件を読むこと。地の陣とは、丘や水辺といった動かせない地形の有利不利を織り込むこと。人の陣とは、戦車と騎馬、そして文と武という手持ちの資源をどう組み合わせるかということです。ここで面白いのは、人の陣に「文を用ひ武を用ふ」とある点です。力ずくだけでなく、交渉や説得といった柔らかい手も陣形の一部なのです。経営に置き換えれば、天は市場環境やタイミング、地は自社の立地や事業構造といった変えにくい前提、人は人材と打ち手の組み合わせにあたります。うまくいかないとき、つい人の層だけをいじりがちですが、天と地を読み違えていれば打ち手は空回りします。三つの層を分けて点検する習慣が、判断の精度を上げてくれます。
この章句が説くこと
天地人の三陣状況把握地の利文武の使い分け
関連する章句
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六韜・奇兵武王 太公に問ひて曰く、「凡そ用兵の道、大要は何如」と。太公曰く、「古の善く戦ふ者は、能く天上に戦ふに非ず、能く地下に戦ふに非ず。其の成と敗とは、皆な神勢に由る。之を得る者は昌え、之を失ふ者は亡ぶ。夫れ両陳の間、甲を出だし兵を陳ね、卒を縦ちて行を乱す者は、変を為す所以なり。深草蓊蘙なる者は、逃遁する所以なり。谿谷険阻なる者は、車を止め騎を禦ぐ所以なり。隘塞山林なる者は、少をもつて衆を撃つ所以なり。坳沢窈冥なる者は、其の形を匿す所以なり。清明にして隠るる無き者は、勇力を戦はす所以なり。疾きこと流矢の如く、発機の如き者は、精微を破る所以なり。詭り伏せ奇を設け、遠く張りて誑き誘ふ者は、軍を破り将を擒にする所以なり。四分五裂する者は、円を撃ち方を破る所以なり。其の驚駭に困しむ者は、一をもつて十を撃つ所以なり。其の労倦して暮に舎するに因る者は、十をもつて百を撃つ所以なり。奇伎なる者は、深水を越え江河を渡る所以なり。彊弩長兵なる者は、水を踰えて戦ふ所以なり。長関遠候、暴疾謬遁なる者は、城を降し邑を服する所以なり。鼓行喧囂なる者は、奇謀を行ふ所以なり。大風甚雨なる者は、前を搏ち後を擒にする所以なり。偽つて敵の使と称する者は、糧道を絶つ所以なり。号令を謬らせ、敵と服を同じくする者は、走北に備ふる所以なり。戦ふに必ず義を以てする者は、衆を励まし敵に勝つ所以なり。爵を尊び賞を重くする者は、命を用ふるを勧むる所以なり。刑罰を厳にする者は、罷怠を進むる所以なり。一喜一怒、一与一奪、一文一武、一徐一疾なる者は、三軍を調和し臣下を制一する所以なり。高敞に処る者は、警守する所以なり。阻険を保つ者は、固きを為す所以なり。山林茂穢なる者は、黙して往来する所以なり。深溝高塁にして糧多き者は、持久する所以なり。故に曰く、戦攻の策を知らざれば、以て敵を語るべからず。分移する能はざれば、以て奇を語るべからず。治乱に通ぜざれば、以て変を語るべからず、と。故に曰く、将 仁ならざれば、則ち三軍 親しまず。将 勇ならざれば、則ち三軍 鋭からず。将 智ならざれば、則ち三軍 大いに疑ふ。将 明ならざれば、則ち三軍 大いに傾く。将 精微ならざれば、則ち三軍 其の機を失ふ。将 常に戒めざれば、則ち三軍 其の備へを失ふ。将 彊力ならざれば、則ち三軍 其の職を失ふ、と。故に将は人の司命にして、三軍 之と俱に治まり、之と俱に乱る。賢将を得れば、兵 彊く国 昌ゆ。賢将を得ざれば、兵 弱く国 亡ぶ」と。武王曰く、「善き哉」と。
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六韜・塁虚武王 太公に問ひて曰く、「何を以て敵塁の虚実、自ら来たり自ら去るを知らんや」と。太公曰く、「将は必ず上は天道を知り、下は地理を知り、中は人事を知る。高きに登り下を望み、以て敵の変動を観る。其の塁を望まば、即ち其の虚実を知り、其の士卒を望まば、則ち其の去来を知らん」と。武王曰く、「何を以て之を知らんや」と。太公曰く、「其の鼓を聴くに音無く、鐸に声無く、其の塁上を望むに飛鳥多くして驚かず、上に氛気無くんば、必ず敵の詐りて偶人を為すを知らん。敵人 卒かに去ること遠からず、未だ定まらずして復た返る者は、彼 其の士卒を用ふること太だ疾きなり。太だ疾ければ、則ち前後 相次がず。相次がざれば、則ち行陳 必ず乱る。此くの如き者は、急ぎ兵を出だして之を撃て。少を以て衆を撃つも、則ち必ず勝たん」と。
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六韜・林戦武王、太公に問ひて曰く、「兵を引きて諸侯の地に深入し、大林に遇ひ、敵と林を分かちて相拒む。吾、守れば則ち固く、戦へば則ち勝たんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「吾が三軍をして、分かちて衝陣と為さしめ、兵の処る所に便ならしむ。弓弩を表と為し、戟楯を裏と為す。草木を斬除し、極めて吾が道を広くし、以て戦ふ所に便ならしむ。旌旗を高く置き、謹みて三軍を勅し、敵人をして吾が情を知らしむること無からしむ。是を林戦と謂ふ。林戦の法は、吾が矛戟を率ゐ、相与に伍を為す。林間、木疎なれば、騎を以て輔と為し、戦車を前に居らしめ、便を見れば則ち戦ひ、便を見ざれば則ち止む。林に険阻多ければ、必ず衝陣を置き、以て前後に備ふ。三軍疾く戦へば、敵人衆しと雖も、其の将は走らすべし。更々戦ひ更々息ひ、各々其の部に按ず。是を林戦の紀と謂ふ」と。
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六韜・略地武王 太公に問ひて曰く、「戦ひ勝ちて深く入り、其の地を略するに、大城の下すべからざる有り。其の別軍 険を守り、我と相拒む。我 城を攻め邑を囲まんと欲するも、其の別軍の卒かに至りて我を撃つを恐る。中外 相合し、我が表裏を撃たば、三軍 大いに乱れ、上下 恐駭せん。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「凡そ城を攻め邑を囲むに、車騎は必ず遠ざけ、屯衛して警戒し、其の外内を阻つ。中の人 糧を絶ち、外は輸するを得ざれば、城の人は恐怖し、其の将は必ず降らん」と。武王曰く、「中の人 糧を絶ち、外は輸するを得ず、陰かに約誓を為し、相与に密謀し、夜に出でて、窮寇 死戦す。其の車騎・鋭士、或いは我が内を衝き、或いは我が外を撃つ。士卒 迷惑し、三軍 敗乱せん。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「此くの如き者は、当に軍を分かちて三軍と為し、謹みて地形を視て処るべし。審らかに敵人の別軍の在る所、及び其の大城・別堡を知り、之が為に遺缺の道を置きて以て其の心を利す。謹みて備へて失ふこと勿かれ。敵人 恐懼して、山林に入らずんば、即ち大邑に帰らん。其の別軍を走らせ、車騎は遠く其の前を要し、遺脱せしむること勿かれ。中の人は、先づ出でたる者 其の径道を得たりと以為ひ、其の練卒・材士は必ず出で、其の老弱のみ独り在らん。車騎 深く入り長駆せば、敵人の軍は必ず敢へて至るもの莫し。慎みて与に戦ふこと勿かれ。其の糧道を絶ち、囲みて之を守り、必ず其の日を久しくせよ。人の積聚を燔くこと無かれ。人の宮室を壊すこと無かれ。冢樹・社叢を伐ること勿かれ。降る者を殺すこと勿かれ。得たるも戮すること勿かれ。之に示すに仁義を以てし、之に施すに厚徳を以てし、其の士民に令して曰へ、『罪は一人に在り』と。此くの如くんば、則ち天下 和して服せん」と。武王曰く、「善いかな」と。
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六韜・金鼓武王 太公に問ひて曰く、「兵を引ゐて深く諸侯の地に入り、敵と相当たる。而して天 大いに寒く甚だ暑く、日夜 霖雨し、旬日 止まず。溝塁は悉く壊れ、隘塞は守られず、斥候は懈怠し、士卒は戒めず。敵人 夜に来たらば、三軍 備へ無く、上下 惑乱せん。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「凡そ三軍は戒めを以て固しと為し、怠るを以て敗ると為す。我が塁上をして、誰何を絶たざらしめ、人ごとに旌旗を執り、外内 相望ましむ。号を以て相命じ、音を乏しからしむること勿く、而して皆 外に向かはしむ。三千人を一屯と為し、誡めて之を約し、各々其の処を慎ましむ。敵人 若し来たらば、我が軍の警戒を親て、至りて必ず還り、力尽き気 怠らん。我が鋭士を発し、随ひて之を撃たん」と。武王曰く、「敵人 我が之に随ふを知りて、其の鋭士を伏せ、佯り北げて止まず。伏を過ぎて還り、或いは我が前を撃ち、或いは我が後を撃ち、或いは我が塁に薄る。吾が三軍 大いに恐れ、擾乱して次を失ひ、其の処所を離る。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「分かちて三隊と為し、随ひて之を追ひ、其の伏を越ゆること勿かれ。三隊 俱に至り、或いは其の前後を撃ち、或いは其の両旁を陥る。号を明らかにし令を審らかにし、疾く撃ちて前まば、敵人は必ず敗れん」と。
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