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六韜 / 賞罰

文王問太公曰:「賞所以存勸,罰所以示懲。吾欲賞一以勸百,罰一以懲眾,為之奈何?」太公曰:「凡用賞者貴信,用罰者貴必。賞信罰必於耳目之所聞見,則所不聞見者莫不陰化矣。夫誠暢於天地,通於神明,而況於人乎。」

新字:文王問太公曰:「賞所以存勧,罰所以示懲。吾欲賞一以勧百,罰一以懲眾,為之奈何?」太公曰:「凡用賞者貴信,用罰者貴必。賞信罰必於耳目之所聞見,則所不聞見者莫不陰化矣。夫誠暢於天地,通於神明,而況於人乎。」

書き下し

文王太公に問ひて曰く、「賞は勧(すす)むるを存する所以にして、罰は懲らすを示す所以なり。吾一を賞して以て百を勧め、一を罰して以て衆を懲らさんと欲す。之を為すこと奈何」と。太公曰く、「凡そ賞を用ゐる者は信を貴び、罰を用ゐる者は必を貴ぶ。賞信あり罰必あること、耳目の聞見する所に於いてすれば、則ち聞見せざる所の者も陰(ひそ)かに化せざる莫し。夫れ誠は天地に暢(とほ)り、神明に通ず。而るを況んや人に於いてをや」と。

現代語訳

文王が太公に問うた。「賞は人を励ますためのものであり、罰は懲らしめを示すためのものだ。私は一人を賞して百人を励まし、一人を罰して大勢を懲らしめたいと思う。それにはどうすればよいか」。太公は答えた。「およそ賞を用いる者は信(約束どおり必ず与えること)を尊び、罰を用いる者は必(例外なく必ず行うこと)を尊びます。賞が約束どおりに与えられ、罰が例外なく行われることを、人々が実際に目で見、耳で聞く場において示せば、その場に居合わせず見聞きしなかった者たちまでも、いつのまにか感化されないことはありません。そもそも誠というものは天地にまで行きわたり、神明にまで通じます。ましてや人に通じないはずがありましょうか」。

解説

わずか一段の短い篇ですが、賞罰の急所を突いています。文王の望みは「一を賞して百を勧め、一を罰して衆を懲らす」——少ない賞罰で大勢を動かしたい、という効率の願いです。太公の答えは、賞には「信」、罰には「必」が要る、というものでした。賞は約束したとおり必ず与えること。罰は誰が相手でも例外なく行うこと。この二つが守られていれば、その場に居合わせなかった人までが自然と感化されていく、と説きます。逆に言えば、約束した賞が有耶無耶になったり、罰が相手によって甘くなったりした瞬間に、賞罰は人を動かす力を失うということです。太公は最後に「誠は天地に暢る」と言います。制度の巧拙ではなく、言ったことを必ず実行するという誠実さそのものが人を動かすのだ、という指摘です。評価制度をいくら精緻にしても、運用の場で一度でも例外を作れば、社員はそこだけを正確に記憶します。

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