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六韜 / 明伝

文王寢疾,召太公望,太子發在側。曰:「嗚呼!夫將棄予,周之社稷,將以屬汝。今予欲師至道之言,以明傳之子孫。」太公曰:「王何所問?」文王曰:「先聖之道,其所止,其所起,可得聞乎?」太公曰:「見善而怠,時至而疑,知非而處,此三者,道之所止也。柔而靜,恭而敬,強而弱,忍而剛,此四者,道之所起也。故義勝欲則昌,欲勝義則亡;敬勝怠則吉,怠勝敬則滅。」

新字:文王寝疾,召太公望,太子発在側。曰:「嗚呼!夫将棄予,周之社稷,将以属汝。今予欲師至道之言,以明伝之子孫。」太公曰:「王何所問?」文王曰:「先聖之道,其所止,其所起,可得聞乎?」太公曰:「見善而怠,時至而疑,知非而処,此三者,道之所止也。柔而静,恭而敬,強而弱,忍而剛,此四者,道之所起也。故義勝欲則昌,欲勝義則亡;敬勝怠則吉,怠勝敬則滅。」

書き下し

文王疾(やまひ)に寝(ふ)し、太公望を召す。太子発(はつ)側に在り。曰く、「嗚呼、夫れ将に予を棄てんとす。周の社稷(しゃしょく)、将に以て汝に属(しょく)せんとす。今予、至道の言を師として、以て明らかに之を子孫に伝へんと欲す」と。太公曰く、「王何の問ふ所ぞ」と。文王曰く、「先聖の道、其の止まる所、其の起こる所、聞くことを得べきか」と。太公曰く、「善を見て怠り、時至りて疑ひ、非を知りて処(を)る。此の三つの者は、道の止まる所なり。柔にして静、恭にして敬、強くして弱、忍にして剛。此の四つの者は、道の起こる所なり。故に義、欲に勝てば則ち昌(さか)え、欲、義に勝てば則ち亡ぶ。敬、怠に勝てば則ち吉にして、怠、敬に勝てば則ち滅ぶ」と。

現代語訳

文王が病の床に伏し、太公望を召した。太子の発(のちの武王)がそばに控えていた。文王は言った。「ああ、天はまさに私を見捨てようとしている。周の国家は、これからそなたに託されることになる。今、私は至高の道の言葉を師として受け、それをはっきりと子孫に伝えたいと思う」。太公が「王は何をお尋ねになりますか」と問うと、文王は言った。「いにしえの聖人の道について、それが行き詰まって止まってしまうのはどこか、それが立ち上がって動き出すのはどこか。聞かせてもらえるだろうか」。太公は答えた。「善いことを見ながら実行を怠る。好機が到来したのに迷ってためらう。間違いだと知りながらそのまま居座る。この三つが、道の止まってしまうところです。しなやかで静か、うやうやしく慎み深い、強くありながら弱きに身を処し、耐え忍びながら芯は剛い。この四つが、道の起こり立つところです。ですから、義が欲に勝てば栄え、欲が義に勝てば滅びます。慎みが怠りに勝てば吉となり、怠りが慎みに勝てば滅びます」。

解説

病床の文王が、太子の発(のちの武王)を側に置いて太公望に問う、遺言のような一篇です。問いは「道はどこで止まり、どこから起こるのか」。太公が挙げる、道が止まる三つの理由が痛烈です。善いと分かっているのにやらない、好機が来たのに迷う、間違いだと知りながら居座り続ける。どれも知識や能力の問題ではなく、実行と決断の問題です。逆に道が起こる四つは、柔にして静、恭にして敬、強くして弱、忍にして剛。柔らかさと強さ、謙虚さと芯の強さを同時に併せ持つ姿です。そして結論は「義、欲に勝てば則ち昌え、欲、義に勝てば則ち亡ぶ」。組織の失敗の多くは、知らなかったからではなく、分かっていたのに動かなかったことから生じます。撤退すべき事業、直すべき人事、言うべき一言。心当たりを一つ選んで今日動かすことが、この一篇の最も素直な読み方でしょう。

この一句を、あなたの毎日に。

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