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直毘霊 / 直く清かりし心

いともめでたき大御國の道をおきながら、他國のさかしく言痛き意行をよきことゝして、ならひまねべるから、直く淸かりし心も行ひも、みな穢惡くまがりゆきて、後つひには、かの他國のきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし。さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、國は治まりがたき物ぞと思ふめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道の弊なることを、えさとらぬなり。

新字:いともめでたき大御国の道をおきながら、他国のさかしく言痛き意行をよきことゝして、ならひまねべるから、直く清かりし心も行ひも、みな穢悪くまがりゆきて、後つひには、かの他国のきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし。さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、国は治まりがたき物ぞと思ふめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道の弊なることを、えさとらぬなり。

書き下し

いともめでたき大御国の道をおきながら、他国のさかしく言痛き意行をよきこととして、ならい学べるから、直く清かりし心も行いも、みな穢く悪くまがりゆきて、後ついには、かの他国のきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし。さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、国は治まりがたき物ぞと思うめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道の弊なることを、え悟らぬなり。

現代語訳

この上なく立派な大御国の道がありながら、他国の小賢しく口やかましい考えと行いをよいこととして習い真似たものだから、まっすぐで清らかだった心も行いも、みな穢れ、悪く曲がっていって、ついには、あの他国の厳しい道によらなければ治まらないかのようになってしまったのだ。そういう後の有様を見て、聖人の道によらなければ国は治まらないものだと思うのは、そもそも治まりにくくなったのが聖人の道の弊害によることを、悟っていないのである。

解説

因果を逆に見ている、という指摘である。厳しい道がなければ治まらない、と人は言う。だが治まらなくなったのは、その道を取り入れたからではないか、と宣長は返す。処方が病を作っている、という構図の見方だ。同じ論法は組織にも当てはまる。規律を強めなければ回らない、という状態そのものが、規律を強めてきた結果かもしれない。ここで宣長が惜しんでいるのは「直く清かりし心」——まっすぐで清らかだった心である。彼にとって漢意とは、理屈で物事を割り切ろうとする態度のことで、その反対に置かれるのが、この直く清い心と、後に真心と呼ばれるものだった。

この章句が説くこと

直く清かりし心漢意聖人の道の弊因果の取り違え

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

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