直毘霊 / 道といふ言挙もさらになかりき
上古への大御世には、道といふ言擧もさらになかりき、故古語に、あしはらの水穗の國は、神ながら言擧せぬ國といへり。其はたゞ物にゆく道こそ有りけれ。美知とは、此記に味御路と書ける如く、山路野路などの路に、御てふ言を添へたるにて、たゞ物にゆく路ぞ。
新字:上古への大御世には、道といふ言挙もさらになかりき、故古語に、あしはらの水穂の国は、神ながら言挙せぬ国といへり。其はたゞ物にゆく道こそ有りけれ。美知とは、此記に味御路と書ける如く、山路野路などの路に、御てふ言を添へたるにて、たゞ物にゆく路ぞ。
書き下し
上つ代の大御世には、道という言挙もさらになかりき。故に古語に、あしはらの水穂の国は、神ながら言挙せぬ国といえり。それはただ物にゆく道こそ有りけれ。美知とは、この記に味御路と書けるごとく、山路・野路などの路に、御てふ言を添えたるにて、ただ物にゆく路ぞ。
現代語訳
上代の御世には、道という言挙げなど、まったくなかった。だから古い言葉に、葦原の瑞穂の国は、神のまにまに言挙げをしない国だ、とある。あったのはただ、物が通ってゆく道だけである。ミチとは、この古事記に味御路と書いてあるとおり、山路・野路などの路に、御という語を添えたもので、ただ物が通る路のことである。
解説
日本語の「道」には、もともと思想や体系という意味はなかった、と宣長は言う。あったのは山路・野路の路だけだ、と。言葉の用例に遡ってそれを示すのが彼の手つきで、国学の方法そのものである。そして「言挙げせぬ国」という古い言い方を引く。言葉に立てて掲げないことが、この国のありようだった、と。この一段は、後で中国を批判するときの物差しになる。あちらには道という語があり、体系があり、名がある。こちらには名がなかった。宣長にとってその差は、劣っているのではなく、要らなかったということである。
この章句が説くこと
言挙げせぬ国美知味御路道という語
関連する章句
-
『直毘霊』何の道くれの道これを置きては、上代に、道というものはなかりしぞかし。物のことわりあるべきすべ、万の教えごとをしも、何の道くれの道ということは、異国のさだなり。
-
『直毘霊』道てふ言なく道ありしなりけり下が下まで乱るることなく、天の下は穏に治りて、天つ日嗣いや遠長に伝わり来坐り。さればかの異国の名にならいて言わば、これぞ上もなき優れたる大き道にして、実は道あるが故に道てふ言なく、道てふことなけれど、道ありしなりけり。
-
『直毘霊』言挙せずとはそをことごとしく言い挙ぐると、然らぬとのけじめを思え。言挙せずとは、あだし国の如、こちたく言立つることなきを言うなり。
-
『直毘霊』神の道と名づけらる然るをやや降りて、書籍という物渡り参り来て、それを学びよむ事始まりて後、其の国のてぶりをならいて、やや万のうえにまじえ用いらるる御代になりてぞ、大御国の古の大御てぶりをば、取り別けて神の道とは名づけられたりける。そはかの外国の道々にまがうがゆえに、神といい、又かの名を借りて、ここにも道とはいうなりけり。
-
『直毘霊』言痛き教えも何もなかりしかど故、皇国の古は、さる言痛き教えも何もなかりしかど、
-
『直毘霊』惟神神ながら安国と、平けく知ろしめしける大御国になもありければ、書紀の難波の長柄の朝廷の御巻に、惟神とは神道に随い給いて、自ずから神道有るを謂う也とあるを、よく思うべし。神の道に随うとは、天の下治め賜う御しわざは、ただ神代より有り来しまにまに物し賜いて、いささかもさかしらを加え給うことなきをいう。さてしか神代のまにまに、大らかに知ろしめせば、おのずから神の道はたらいて、他に求むべきことなきを、自ずから神道有りとはいうなりけり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る