南洲翁遺訓 / 追加二
漢学を成せる者は、弥漢籍に就て道を学ぶべし。道は天地自然の物、東西の別なし、苟も当時万国対峙の形勢を知らんと欲せば、春秋左氏伝を熟読し、助くるに孫子を以てすべし。当時の形勢と略ぼ大差なかるべし。
書き下し
漢学を成せる者は、弥漢籍に就て道を学ぶべし。道は天地自然の物、東西の別なし、苟も当時万国対峙の形勢を知らんと欲せば、春秋左氏伝を熟読し、助くるに孫子を以てすべし。当時の形勢と略ぼ大差なかるべし。
現代語訳
漢学を修めた者は、いよいよ漢籍について道を学ぶべきである。道は天地自然のもので、東西の別はない。かりにも今の万国が対峙する形勢を知ろうと欲するなら、『春秋左氏伝』を熟読し、助けとして『孫子』をもってすべきである。当時の形勢と、ほぼ大差はないだろう。
解説
遺訓の最後に置かれた、読書案内である。西郷が名指しで挙げるのは二冊、『春秋左氏伝』と『孫子』。理由が具体的だ。「万国対峙の形勢を知らんと欲せば」——列強が並び立ついまの国際情勢を理解したいなら、と。春秋時代の諸侯が入り乱れた記録が、そのまま十九世紀の万国対峙の教科書になる、という読み方である。「当時の形勢と略ぼ大差なかるべし」。二千数百年前と大差ない、と言い切る。ここで第九条の「道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し」が繰り返されているのも見逃せない。時代も洋の東西も違うのに、なぜ古い漢籍が役に立つのか。道が自然のものだからだ、という理屈で一貫している。師導では『春秋左氏伝』も『孫子』も収めており、西郷が示したこの組み合わせをそのまま辿ることができる。
この章句が説くこと
春秋左氏伝と孫子万国対峙道に東西の別なし読書案内