南洲翁遺訓 / 第四十条
翁に従て犬を駆り兎を追ひ、山谷を跋渉して終日猟り暮し、一田家に投宿し、浴終りて心神いと爽快に見えさせ給ひ、悠然として申されけるは、君子の心は常に斯の如くにこそ有らんと思ふなりと。
書き下し
翁に従て犬を駆り兎を追ひ、山谷を跋渉して終日猟り暮し、一田家に投宿し、浴終りて心神いと爽快に見えさせ給ひ、悠然として申されけるは、君子の心は常に斯の如くにこそ有らんと思ふなりと。
現代語訳
翁に従って犬を駆り兎を追い、山や谷を歩きまわって終日狩り暮らし、一軒の農家に泊まり、湯浴みを終えて心も体もたいそう爽やかに見えられ、ゆったりとして言われたのは、君子の心は常にこのようでありたいと思うのだ、ということであった。
解説
遺訓のなかで唯一、情景だけで成り立っている条である。一日中、山野を歩いて狩りをした。農家に泊まり、風呂を浴びた。心身がさっぱりしている。そのときに西郷が漏らした一言が、「君子の心は常に斯の如くにこそ有らんと思ふなり」。君子の心とは、この状態のことだ、と。ここまで三十九条にわたって、克己・慎独・敬天愛人と厳しい修養が説かれてきた。その到達点が、狩りのあとに風呂を浴びた気分だと言う。難しい境地としてではなく、誰でも知っている爽快さとして示されている。しかも「常に」である。特別なときの高揚ではなく、いつもこうでありたい、と。修養の目的が、重く張りつめた心ではなく、軽く澄んだ心に置かれていることが、この一条で分かる。
この章句が説くこと
君子の心終日猟り暮らす爽快修養の到達点中庸
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