南洲翁遺訓 / 第三十条
命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。去れども、个様の人は、凡俗の眼には見得られぬぞと申さるるに付き、孟子に、「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、志を得れば民と之れに由り、志を得ざれば独り其の道を行ふ、富貴も淫すること能はず、貧賤も移すこと能はず、威武も屈すること能はず」と云ひしは、今仰せられし如きの人物にやと問ひしかば、いかにも其の通り、道に立ちたる人ならでは彼の気象は出ぬ也。
書き下し
命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。去れども、个様の人は、凡俗の眼には見得られぬぞと申さるるに付き、孟子に、「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、志を得れば民と之れに由り、志を得ざれば独り其の道を行ふ、富貴も淫すること能はず、貧賤も移すこと能はず、威武も屈すること能はず」と云ひしは、今仰せられし如きの人物にやと問ひしかば、いかにも其の通り、道に立ちたる人ならでは彼の気象は出ぬ也。
現代語訳
命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものである。この始末に困る人でなければ、艱難をともにして国家の大業は成し得られない。とはいえ、このような人は、凡俗の眼には見つけられないものだ、と言われたので、『孟子』に「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民とともにこれによって進み、志を得なければ独りその道を行う。富貴も心を乱すことができず、貧賤も志を移すことができず、威武も屈することができない」と言うのは、いま仰せられたような人物のことでしょうか、と問うたところ、まさにその通り、道に立った人でなければ、あの気概は出ないものだ、と言われた。
解説
この章句が説くこと
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「柳下恵は三公を以て其の介を易へず。」
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史記 屈原賈生列伝乃ち懐沙の賦を作る。其の辞に曰く、「陶陶たる孟夏、草木莽莽たり。懐ひを傷ましめ永く哀しみ、汩として南土に徂く。眴として窈窈たり、孔だ静かにして幽墨なり。冤結紆軫し、愍に離ひて之れ長く鞠しむ。情を撫し志を效し、俛詘して以て自ら抑ふ。方を刓りて以て圜と為すも、常度未だ替らず。初めを易へ由るを本とするは、君子の鄙しむ所なり。画を章かにし墨を職とし、前度未だ改めず。内直く質重きは、大人の盛んとする所なり。巧匠斲らずんば、孰か其の揆の正しきを察せん。玄文幽処すれば、矇は之を章かならずと謂ふ。離婁微睇するも、瞽は以て明無しと為す。白を変じて黒と為し、上を倒にして以て下と為す。鳳皇笯に在りて、雞雉翔舞す。玉石を同糅して、一概にして相量る。夫の党人の鄙妒なる、羌吾が臧する所を知らず。任重く載盛んにして、陥滞して済らず。瑾を懐き瑜を握るも、窮して示す所を得ず。邑犬群がりて吠ゆるは、怪しむ所に吠ゆるなり。駿を誹り桀を疑ふは、固より庸態なり。文質疏内なるも、衆は吾の異采を知らず。材樸委積するも、余の有する所を知る莫し。仁を重ね義を襲ね、謹厚以て豊と為す。重華牾ふべからず、孰か余の従容を知らん。迸より固より并ばざる有り、豈に其の故を知らんや。湯禹久遠にして、邈として慕ふべからず。違ふを懲らし忿りを改め、心を抑へて自ら彊む。湣に離ひて遷らず、志の象有らんことを願ふ。路を進めて北に次り、日は昧昧として其れ将に暮れんとす。憂ひを含み哀しみを虞み、之を限るに大故を以てす。乱に曰く、浩浩たる沅・湘、分流して汨たり。修路幽拂にして、道遠く忽たり。曾ち唫じて恒に悲しみ、永く嘆じて慨く。世既に吾を知る莫く、人心謂ふべからず。情を懐き質を抱き、独り匹無し。伯楽既に歿し、驥将た焉くにか程らん。人生命を稟け、各々錯く所有り。心を定め志を広くせば、余何ぞ畏懼せん。曾ち傷み爰に哀しみ、永く嘆喟す。世溷りて吾を知らず、心謂ふべからず。死の譲るべからざるを知る、願はくは愛しむ勿からん。明らかに以て君子に告ぐ、吾将に以て類と為さんとす」と。
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『慎思録』巻之六三軍も帥を奪ふべし。関羽の袁紹の大将軍顔良の麾蓋を望見し、馬に策うちて良を万衆の中に刺し、其の首を斬りて還り、紹の諸将能く当たる者莫きが如き、是れなり。至難の事と雖も、猶ほ能くすべきなり。匹夫の志を奪ふが如きは、為し易きが如しと雖も、然れども能くすべからず。王蠋の燕に降らざるの類の如き、是れなり。
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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『講孟余話』離婁下 第八章「為さざる」は獧者の類なり。「為す有る」は狂者の類なり。もと是れ両種の人なり。譬へば伯夷の周の粟を食ふを恥ぢて首陽に餓死し、厳子陵の光武に屈せずして釣台に老ゆる如き、皆不為の志と云ふべし。伊尹の成湯を輔けて夏桀を南巣に放ち、太公の武王を勧めて殷紂を牧野に誅する如き、同じく天下の乱を定め万民の苦を救ふは、有為の業と云ふべし。伯夷・子陵、伊尹・太公、分けて云へば両種の人なり。然れども伊尹有莘の野に耕し、太公渭川に釣りせし時に当りて、富貴利達一つも其の心を動かす所なし、是れ其の不為の志なり。此の志あればこそ、有為の業も出来たるなり。又伯夷・子陵の如き不為の志ある人は、苟も其の位に当り其の事に任ずることあらば、固より亦有為の業を成すこと必せり。今吾が徒罪を獲て獄に坐す。真に能く心を道徳の域に楽しましめ、天下の事一つも心を動かすことなく、不為の志確乎たらば、一旦事変に臨むことありとも、必ず能く有為の業を成すことを得ん。是れ吾が学を勤むる所以なり。
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