南洲翁遺訓 / 第二十八条
道を行ふには尊卑貴賤の差別無し。摘んで言へば、尭舜は天下に王として万機の政事を執り給へども、其の職とする所は教師也。孔夫子は魯国を始め、何方へも用ゐられず、屡々困厄に逢ひ、匹夫にて世を終へ給ひしかども、三千の徒皆な道を行ひし也。
書き下し
道を行ふには尊卑貴賤の差別無し。摘んで言へば、尭舜は天下に王として万機の政事を執り給へども、其の職とする所は教師也。孔夫子は魯国を始め、何方へも用ゐられず、屡々困厄に逢ひ、匹夫にて世を終へ給ひしかども、三千の徒皆な道を行ひし也。
現代語訳
道を行うのに、尊い卑しい、貴い賤しいの差別はない。摘んで言えば、堯や舜は天下に王としてあらゆる政事を執られたけれども、その職とするところは教師である。孔子は魯の国をはじめ、どこにも用いられず、しばしば困難に遭い、一介の匹夫として世を終えられたけれども、三千の門弟はみな道を行ったのである。
解説
道の前では地位の差がない、という主張を、二つの極端な例で示す。天下の王であった堯舜と、どこにも用いられなかった孔子。上と下、成功と不遇の両極を並べる。そのうえで、それぞれについて意外な見方が加えられる。堯舜は王だったが「其の職とする所は教師也」——本職は教師だった、と。政治の権力を持つ者の実質を、教える仕事として捉えている。一方の孔子は生涯、職に就けなかった。だが「三千の徒皆な道を行ひし也」。用いられなかったのに、三千人が道を行った。地位が無くても及ぼした、という結果のほうを見ている。位に就けたかどうかと、道を行えたかどうかは別の軸だ、という整理である。役職がないことを、できない理由にする道を塞いでいる。
この章句が説くこと
尊卑貴賤の差別無し堯舜の職は教師孔子は匹夫にて終う位と道
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