南洲翁遺訓 / 第二十四条
道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。
書き下し
道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。
現代語訳
道は天地自然のものであって、人はこれを行うものなのだから、天を敬うことを目的とする。天は人も我も同一に愛したまうのだから、我を愛する心をもって人を愛するのである。
解説
「敬天愛人」の内容が、ここで説明される。敬天とは天を敬うこと。ではなぜ愛人が続くのか。「天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ」——天は自分も他人も同じように愛している。だから天に倣うなら、自分を愛するのと同じ心で人を愛することになる。論理の運びが明快だ。他人を愛せよ、という命令ではなく、天が両方を同じに扱っているという事実から、自然に導かれる帰結として置かれている。注意したいのは「我を愛する心を以て」の部分である。自分を愛する心を否定していない。それを基準に据えて、同じ強さで人を愛せと言う。自分を犠牲にせよという話ではない。次条以降で「己れを愛するは善からぬことの第一也」と厳しく言うのと、矛盾しては見えるが、そこで否定されるのは自分だけを愛することである。
この章句が説くこと
敬天愛人天は人も我も同一に愛す道は天地自然の物天に倣う
関連する章句
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『南洲翁遺訓』第二十一条道は天地自然の道なるゆゑ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功は「毋意毋必毋固毋我」と云へり。総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人其の事大抵十に七八迄は能く成し得れども、残り二つを終り迄成し得る人の希れなるは、始は能く己れを慎み事をも敬する故、功も立ち名も顕はるるなり。功立ち名顕はるるに随ひ、いつしか自ら愛する心起り、恐懼戒慎の意弛み、驕矜の気漸く長じ、其の成し得たる事業を負み、苟も我が事を仕遂んとてまづき仕事に陥いり、終に敗るるものにて、皆な自ら招く也。故に己れに克ちて、睹ず聞かざる所に戒慎するもの也。
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『初学訓』巻之一一およそ、天地につかへ奉る道は、人倫と万物とを愛するにあり。其故いかんぞや。天地、其うめる所を愛し給ふこと、人の親の、子をあはれむが如し。人倫と万物は、天地の産みて愛し給ふ所なれば、是を愛するは、即天地の御心にしたがひて、天地につかへ奉る道なり。故に、天地の恩を報ぜんと思はば、先、わが心に、天地よりうけたる仁を保ちて、其心にしたがひて、五倫をあつく愛し、次に、万物を愛すべし。是即天地につかへ奉りて、其恩を報ずる道なり。人の道の本意とすること、此外に更にあるべからず。人となれる者、つとめてこれを知りて行ふべし。
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『南洲翁遺訓』第九条忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亘り宇宙に弥り易ふ可からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し。
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『南洲翁遺訓』第二十五条人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽し人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し。
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『初学訓』巻之二一およそ、人となりては、常に愛敬の心をたもちて、少時も失ふべからず。愛とは、人を憐むをいふ。人をにくみ疎んぜざるなり。其交の親しき疎きによりて、愛の厚薄品はかはれども、すべて疎きも親しきも、愛せずといふこと無かるべし。敬とは、人をうやまふをいふ。人を侮り軽んぜざるなり。其位の尊き卑き品によりて、敬の浅深はかはれども、すべて、敬ひ侮るべからず。愛はしたしきより生じ、敬は貴きより生ずれども、うときをも愛し、いやしきをも敬するは、真の愛敬なり。親疎貴賤、すべて愛敬するは仁なり。親疎貴賤の品によりて、厚薄浅深あるは義なり。愛敬の二は、善心なり。善を行ふとは、愛敬を行ふなり。是、人倫を親むの道、即ち、天地につかへ奉る道なり。
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『慎思録』巻之四君子の道、親を親しみ民を仁しみ物を愛する者は、義有り。蓋し親と民と物と、三者は皆天の生ずる所にして、愛育する所なり。是を以て吾が天に事ふるの道は、当に天の愛する所を厚くすべし。吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち天心に順ひて之に事ふる所以なり。此れ一義と為す。且つ三者は本是れ天地の生ずる所にして、吾と一気同体なり。所謂民は吾が同胞、物は吾が与なり。是れ厚くせざるべからず。故に吾の之を親しみ之を仁しみ之を愛する者は、乃ち吾が気類を厚くする所以なり。此れ一義と為す。然れども二義有りと雖も、之を要するに皆是れ天に事ふるの道なり。人子の親に事ふるの道も、亦た此に猶し。蓋し人の子為る者は、父母の生む所を厚くし、父母の愛する所を愛す。是れ兄弟を宜しくすれば、則ち親に事ふるの道なり、一義と為す。又克く兄弟に友なるは、此れ同気を厚くするなり、是れ一義と為す。然れども其の友愛此の如くなれば、則ち是れ父母も亦た之を悦楽す。此れも亦た親に事ふるの道なり。故に二者は、之を要するに皆是れ親に事ふるの事なり。夫れ仁人の親に事ふるや、天に事ふるが如く、天に事ふること親に事ふるが如し。蓋し仁孝は一理なり。天に事ふると親に事ふると、其の事異なりと雖も、然れども其の心同じく、其の理一なり。
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