南洲翁遺訓 / 第二十条
何程制度方法を論ずるとも、其の人に非ざれば行はれ難し。人有りて後ち方法の行はるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其の人に成るの心懸け肝要なり。
書き下し
何程制度方法を論ずるとも、其の人に非ざれば行はれ難し。人有りて後ち方法の行はるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其の人に成るの心懸け肝要なり。
現代語訳
どれほど制度や方法を論じても、その人でなければ行われにくい。人があってのちに方法が行われるのだから、人は第一の宝であって、自分がその人になろうという心がけが肝要である。
解説
七十三字の短い条だが、遺訓のなかでもよく引かれる。「人は第一の宝」——ここまでは人材論としてよくある話だ。この条が抜けているのは、その直後の一句である。「己れ其の人に成るの心懸け肝要なり」。良い人材を探す話から、自分がその人になる話へ、最後の一行で反転する。人材論を語る文章の多くは、探す側の視点で終わる。西郷はそこで止めず、聞き手の側へ球を返す。第一条で「真に賢人と認る以上は、直に我が職を譲る」と言っていたことと合わせると、姿勢が一貫している。人を求める前に、自分が求められる人になっているか。制度をいくら整えても、それを回せる人がいなければ動かない、という前段があるからこそ、この結びが効く。
この章句が説くこと
人は第一の宝制度と人其の人に成る人材論の反転人材準備
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