南洲翁遺訓 / 第十七条
正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
書き下し
正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
現代語訳
正しい道を踏み、国とともに倒れる精神がなければ、外国との交際は全うできない。相手の強大さに縮み上がり、円滑を第一として、曲げて相手の意に従うときは、軽んじ侮られることを招き、友好はかえって破れ、ついには相手の制度を押しつけられるに至るだろう。
解説
外交論だが、対人関係一般に読める条である。急所は「円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ」——円満に済ませようとして譲ると、軽く見られ、かえって関係が壊れる、という因果だ。譲歩が友好を生むのではなく、譲歩が侮りを生む、と。ただし西郷は強硬に出よとは言っていない。「正道を踏み」が先に置かれている。筋を通したうえで倒れる覚悟があるかどうかが問われている。円滑さそのものは目的にならない、というのがこの条の主張である。相手が強いときほど、この判断は難しい。無理を通されそうなとき、その場を穏やかに収めることと、関係を保つことは同じではない。
この章句が説くこと
外国交際円滑を主とす軽侮を招く譲歩と侮り
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