南洲翁遺訓 / 第十五条
常備の兵数も、亦会計の制限に由る、決して無限の虚勢を張る可からず。兵気を鼓舞して精兵を仕立てなば、兵数は寡くとも、折衝禦侮共に事欠く間敷也。
書き下し
常備の兵数も、亦会計の制限に由る、決して無限の虚勢を張る可からず。兵気を鼓舞して精兵を仕立てなば、兵数は寡くとも、折衝禦侮共に事欠く間敷也。
現代語訳
常備の兵の数も、また会計の制限による。決して限りのない虚勢を張ってはならない。士気を鼓舞して精兵を仕立てるならば、兵の数は少なくても、敵を退けることも侮りを防ぐことも、ともに事欠くことはあるまい。
解説
前条の会計論を、そのまま軍備に適用する。「常備の兵数も、亦会計の制限に由る」——軍の規模も財政の枠内で決めよ、と。西南戦争で兵を率いて死ぬことになる人物が、軍拡に枠をはめている。「決して無限の虚勢を張る可からず」の虚勢という語が鋭い。身の丈を超えた軍備は、強さではなく虚勢だと呼んでいる。代わりに置かれるのが質である。「兵気を鼓舞して精兵を仕立てなば、兵数は寡くとも」。数で足りない分を、士気と練度で埋めよ、と。ここには、規模を追うことが必ずしも強さにつながらないという判断がある。人員を増やすことでしか能力を上げられない組織は、財政の枠が来たときに一緒に崩れる。
この章句が説くこと
常備の兵数会計の制限無限の虚勢精兵勝敗
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