南洲翁遺訓 / 第十一条
文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、「西洋は野蛮じや」と云ひしかば、「否な文明ぞ」と争ふ。「否な否な野蛮ぢや」と畳みかけしに、「何とて夫れ程に申すにや」と推せしゆゑ、「実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢや」と申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。
書き下し
文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、「西洋は野蛮じや」と云ひしかば、「否な文明ぞ」と争ふ。「否な否な野蛮ぢや」と畳みかけしに、「何とて夫れ程に申すにや」と推せしゆゑ、「実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢや」と申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。
現代語訳
文明とは道があまねく行われることを讃えて言う言葉であって、宮殿の荘厳、衣服の美麗、外観の華やかさを言うのではない。世の人が唱えるところは、何が文明やら何が野蛮やら少しも分からない。私はかつてある人と議論したことがある。「西洋は野蛮じゃ」と言ったところ「いや文明だ」と争う。「いやいや野蛮じゃ」と畳みかけると「どうしてそれほどまでに言われるのか」と押してきたので、「本当に文明であるなら、未開の国に対しては慈愛を本として、懇々と説き諭して開明へ導くべきであるのに、そうではなく、未開蒙昧の国に対するときほど、むごく残忍なことをして自分を利する。それは野蛮じゃ」と言ったところ、その人は口をつぼめて言葉がなかった、と言って笑われた。
解説
遺訓のなかでもっとも有名な一条である。文明の定義を、外観から道の側へ引き戻す。「文明とは道の普く行はるるを賛称せる言」であって、建物や衣服の立派さではない、と。そのうえで、当時としては相当に大胆な議論が展開される。本当に文明なら、遅れた相手には慈愛をもって導くはずだ。ところが実際は、相手が弱いときほど残忍にふるまって自分の利を取る。それは野蛮ではないか、と。植民地主義への批判が、明治初年の日本でこの形で語られている。注意したいのは、西郷が西洋一般を否定していない点だ。基準は第九条の「道は天地自然の物」であり、その道から見て文明か野蛮かを測っている。相手の強さではなく、弱い相手への扱いで測る、という物差しである。
この章句が説くこと
文明と野蛮道の普く行わるる未開の国に対して弱者への扱い