南洲翁遺訓 / 第八条
広く各国の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我が国の本体を居ゑ風教を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして猥りに彼れに倣ひなば、国体は衰頽し、風教は萎靡して匡救す可からず、終に彼の制を受くるに至らんとす。
書き下し
広く各国の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我が国の本体を居ゑ風教を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして猥りに彼れに倣ひなば、国体は衰頽し、風教は萎靡して匡救す可からず、終に彼の制を受くるに至らんとす。
現代語訳
広く各国の制度を採り入れて開明へ進もうとするなら、まず我が国の本体を据え、風習と教えを張り、そののちゆっくりと彼の長所を汲み取るものである。そうでなくてみだりに彼らに倣うならば、国のかたちは衰え、風習と教えはしおれて、正し救うことができず、ついには彼らの制度に従わされるに至るだろう。
解説
外来のものをどう採り入れるかについて、順序を一つだけ示す。まず自分の本体を据える。そのあとで相手の長所を汲む。この順序を逆にすると、採り入れているつもりが乗っ取られる、という警告である。「徐かに彼の長所を斟酌する」の「徐かに」も効いている。急いで真似るのではなく、ゆっくり汲む。斟酌とは酒を注ぎ分けるように加減することで、まるごと移すのではない。西郷は排外を説いてはいない。次の条で「道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し」と言い、第十二条では西洋の刑法を「実に文明ぢや」と称える。採るべきものは採る。ただし据えるものを先に据えよ、という一点だけを譲らない。
この章句が説くこと
我が国の本体を居う斟酌開明順序
関連する章句
-
『南洲翁遺訓』第十条人智を開発するとは、愛国忠孝の心を開くなり。国に尽し家に勤むるの道明かならば、百般の事業は従て進歩す可し。或は耳目を開発せんとて、電信を懸け、鉄道を敷き、蒸気仕掛けの器械を造立し、人の耳目を聳動すれども、何故電信鉄道の無くて叶はぬぞ欠くべからざるものぞと云ふ処に目を注がず、猥りに外国の盛大を羨み、利害得失を論ぜず、家屋の構造より玩弄物に至る迄、一一外国を仰ぎ、奢侈の風を長じ、財用を浪費せば、国力疲弊し、人心浮薄に流れ、結局日本身代限りの外有る間敷也。
-
『南洲翁遺訓』第十七条正道を踏み国を以て斃るるの精神無くば、外国交際は全かる可からず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん。
-
『南洲翁遺訓』第九条忠孝仁愛教化の道は政事の大本にして、万世に亘り宇宙に弥り易ふ可からざるの要道也。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別無し。
-
『南洲翁遺訓』第二条賢人百官を総べ、政権一途に帰し、一格の国体定制無ければ縦令人材を登用し、言路を開き、衆説を容るるとも、取捨方向無く、事業雑駁にして成功有るべからず。昨日出でし命令の、今日忽ち引き易ふると云ふ様なるも、皆統轄する所一ならずして、施政の方針一定せざるの致す所也。
-
『南洲翁遺訓』第二十条何程制度方法を論ずるとも、其の人に非ざれば行はれ難し。人有りて後ち方法の行はるるものなれば、人は第一の宝にして、己れ其の人に成るの心懸け肝要なり。
-
『南洲翁遺訓』第十一条文明とは道の普く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふには非ず。世人の唱ふる所、何が文明やら、何が野蛮やら些とも分らぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り、「西洋は野蛮じや」と云ひしかば、「否な文明ぞ」と争ふ。「否な否な野蛮ぢや」と畳みかけしに、「何とて夫れ程に申すにや」と推せしゆゑ、「実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本とし、懇懇説諭して開明に導く可きに、左は無くして未開蒙昧の国に対する程むごく残忍の事を致し己れを利するは野蛮ぢや」と申せしかば、其の人口を莟めて言無かりきとて笑はれける。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る