南洲翁遺訓 / 第七条
事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一時の詐謀を用う可からず。人多くは事の指支ふる時に臨み、作略を用て一旦其の指支を通せば、跡は時宜次第工夫の出来る様に思へども、作略の煩ひ屹度生じ、事必ず敗るるものぞ。正道を以て之れを行へば、目前には迂遠なる様なれども、先きに行けば成功は早きもの也。
書き下し
事大小と無く、正道を踏み至誠を推し、一時の詐謀を用う可からず。人多くは事の指支ふる時に臨み、作略を用て一旦其の指支を通せば、跡は時宜次第工夫の出来る様に思へども、作略の煩ひ屹度生じ、事必ず敗るるものぞ。正道を以て之れを行へば、目前には迂遠なる様なれども、先きに行けば成功は早きもの也。
現代語訳
事の大小にかかわらず、正しい道を踏み至誠を推し進め、一時のごまかしの謀を用いてはならない。人の多くは事が行き詰まったときに、はかりごとを用いて一旦その行き詰まりを通せば、あとは時宜次第で工夫ができるように思うけれども、そのはかりごとの煩いが必ず生じ、事は必ず敗れるものだ。正しい道によってこれを行えば、目の前では回り道のようであっても、先へ行けば成功は早いものである。
解説
「一時の詐謀を用う可からず」と言い切ったうえで、なぜ人がそれを用いてしまうかの心理まで書いているのが、この条の優れたところだ。「一旦其の指支を通せば、跡は時宜次第工夫の出来る様に思へども」——いまさえ通せば、あとは何とかなると思う。誰もがそう考える。ところが「作略の煩ひ屹度生じ」——ごまかしの後始末が必ず生じる。一度の便宜が、次の便宜を要求してくる構造である。そして結論。「正道を以て之れを行へば、目前には迂遠なる様なれども、先きに行けば成功は早きもの也」。正道は遅く見えるが速い。急がば回れという話ではなく、後始末のコストまで含めれば正道のほうが安いという、実務の計算として語られている。
この章句が説くこと
一時の詐謀作略の煩い正道は迂遠に見ゆ後始末