南洲翁遺訓 / 第六条
人材を採用するに、君子小人の弁酷に過ぐる時は却て害を引き起すもの也。其の故は、開闢以来世上一般十に七八は小人なれば、能く小人の情を察し、其の長所を取り之れを小職に用ゐ、其の材芸を尽さしむる也。東湖先生申されしは「小人程才芸有りて用便なれば、用ゐざればならぬもの也。去りとて長官に居ゑ重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆゑ、決して上には立てられぬものぞ」と也。
書き下し
人材を採用するに、君子小人の弁酷に過ぐる時は却て害を引き起すもの也。其の故は、開闢以来世上一般十に七八は小人なれば、能く小人の情を察し、其の長所を取り之れを小職に用ゐ、其の材芸を尽さしむる也。東湖先生申されしは「小人程才芸有りて用便なれば、用ゐざればならぬもの也。去りとて長官に居ゑ重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆゑ、決して上には立てられぬものぞ」と也。
現代語訳
人材を採用するとき、君子と小人の区別が厳しすぎると、かえって害を引き起こすものである。その理由は、世が開けて以来、世の中の十のうち七、八は小人なのだから、よく小人の心情を察し、その長所を取ってこれを小さな職に用い、その才能を出し尽くさせるのである。藤田東湖先生が言われたのは「小人ほど才能があって使い勝手がよいから、用いないわけにはいかない。とはいえ長官に据えて重い職を授ければ、必ず国家を覆すものだから、決して上には立てられないものだ」ということであった。
解説
人物評価の実務を、これ以上ないほど現実的に語る。まず前提が身も蓋もない。「世上一般十に七八は小人なれば」——世の中の八割は小人だ。だとすれば、小人を排除する人事は成り立たない。だから「小人の情を察し、其の長所を取り之れを小職に用ゐ」る。使うのである。しかも「小人程才芸有りて用便なれば」——小人ほど有能で使い勝手がよい、という観察が続く。この認識が重要だ。無能だから小人なのではない。有能だからこそ厄介なのである。そして線が一本引かれる。「長官に居ゑ重職を授くれば、必ず邦家を覆すものゆゑ、決して上には立てられぬ」。使う、ただし上には立てない。有能さと、上に立たせてよいかは別の判断だという分離が、この条の核心である。
この章句が説くこと
君子小人の弁小人を小職に用う藤田東湖有能と適所