無門関 / 第四則 胡子無鬚
或庵曰。西天胡子。因甚無鬚。
書き下し
或庵(わくあん)曰く、「西天の胡子(こす)、甚(なん)に因りてか鬚(ひげ)無き」。
現代語訳
或庵和尚が言った。「インドから来たあの髭面の男(達磨)は、なぜ髭がないのか」。
解説
達磨の肖像は、誰が描いても濃い髭面である。その髭面を指して「なぜ髭がないのか」と問う。答えを探させるのではなく、前提そのものを外す問いである。無門は「参は須(すべか)らく実参なるべし、悟は須らく実悟なるべし」と念を押す。人から聞いた達磨、絵で見た達磨をいくら語っても、それは自分が見たものではない。しかも「たしかに自分の目で見た」と口にした途端、見る自分と見られた達磨の二つに割れてしまう。組織でいえば、報告書で知った現場を自分の見聞のように語る危うさである。
この章句が説くこと
実参実悟前提を外す問い又聞きの理解自分の目で見る