孟子 / 盡心章句下
孟子曰、說大人、則藐之。勿視其巍巍然。堂高數仞、榱題數尺。我得志弗為也。食前方丈、侍妾數百人。我得志弗為也。般樂飲酒、驅騁田獵、後車千乘。我得志弗為也。在彼者、皆我所不為也。在我者、皆古之制也。吾何畏彼哉。
新字:孟子曰、説大人、則藐之。勿視其巍巍然。堂高数仞、榱題数尺。我得志弗為也。食前方丈、侍妾数百人。我得志弗為也。般楽飲酒、駆騁田猟、後車千乗。我得志弗為也。在彼者、皆我所不為也。在我者、皆古之制也。吾何畏彼哉。
書き下し
孟子曰く、「大人に説くには、則ち之を藐ぜよ。其の巍巍然たるを視ること勿れ。堂の高さ數仞、榱題數尺。我志を得るも為さざるなり。食前方丈、侍妾數百人。我志を得るも為さざるなり。般樂して酒を飲み、驅騁田獵し、後車千乘。我志を得るも為さざるなり。彼に在る者は、皆我が為さざる所なり。我に在る者は、皆古の制なり。吾何ぞ彼を畏れんや。」
現代語訳
孟子は言った。 「尊貴の人に自分の考えを述べようとするときは、相手を軽んじてかかれ。その偉そうなそぶりをまともに視てはいけない。宮殿の高さが数仞、たるきの頭が数尺もあるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。御馳走が目の前一丈四方に並べられ、侍女が数百人もいるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。大いに楽しみ酒を飲み、馬を走らせて狩りをし、後ろに千台もの車を従えさせるような贅沢は、たとえ志を得ても私はやらない。彼ら尊貴な者のやることは、皆私のやらない事である。私がやることは、皆古の聖人が定めた事柄であり、彼らが有しているものよりも、はるかに貴重なものであるから、どうして彼らに恐れ憚ることがあろうか。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『講孟余話』盡心下 第三十四章此の章は即ち曾子の「晋楚の富は及ぶべからざるなり。彼は其の富を以てし、我は我が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊らんや」(公孫丑下篇第二章)、子思の「位を以てすれば則ち子は君なり、我は臣なり、何ぞ敢へて君と友たらん。徳を以てすれば則ち子は我に事ふる者なり、奚ぞ以て我と友たるべけんや」(万章下篇第七章)の意にて、説く者孟子を以て些かの英気ありとし、圭角ありとする、序説の程子の語、まさに是等の処に於て云ふなるべし。集註に楊氏曰く、「孟子此の章、己の長を以て人の短を方ぶ、猶此等の気象有り、孔子に在りては則ち此れ無し」と。其の説固より確なり。但だ「之れを藐んず」の義深く考ふべし。仁斎云く、「君子は礼を以て心に存し、其の敬を用ひざる所無し、豈に大人に於て之れを藐んぜんや」と。是れ「之れを藐んず」を以て大人を藐視すとするに似たり、是れ倨慢なり。余謂ふに「其の巍々然たるを視ること勿れ」の五字、是れ「之れを藐んず」の注解なり。下の「堂の高さ数仞、榱題数尺、食前方丈、侍妾数百人、般楽飲酒、駆騁田猟、後車千乗」、是れ「巍々然」の注解なり。然らずんば、位も亦三達徳の一なれば、豈に恭敬を加へざるべけんや。但だ其の巍々然たるに懾伏して、志気自ら挫け、議論自ら屈するは、藐視せざるの過ちなり。君子は道を重んじ徳を崇ぶ。故に富貴の人にして徳あれば、固より是れを崇重す。貧賤の人にして道あれば、固より是れを崇重す。貧賤を以て是れを軽蔑する者は、必ず富貴を以て是れに諂屈す。是れ皆富貴貧賤を視ること道徳に如かざるなり。苟も道徳を以て重しとする時は、貧賤を以て自ら軽んずることなく、又富貴を以て人を重んずることなし。是れ孟子此の処に於て痛く針砭を下だす所なり。
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『洗心洞箚記』卷上・第九十四條孟子曰く、大人に説くには則ち之を藐んじ、其の巍巍然たるを視ること勿かれ、と。註に曰く、巍巍は、富貴高顕の貌、藐焉として之を畏れざれば、則ち志意舒展す云云、と。此れ其の人を藐んずるか、又勢位を藐んずるか、未だ分暁ならず。而して吾以為へらく、決して其の人を藐んずるに非ず、必ず勢位を藐んずる者なり、と。後に陸儼山の金台紀聞の劉司直の言を読むに及びて、断じて其の勢位を藐んずるを信ず。而して人の如きは賤しと雖も、道の存する所なり、焉んぞ之を藐んずるを得んや。而るを況んや爵有る者をや。
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言志四録・言志晩録 第百五十四条 大人に説くには之を藐んず「大人に説くときは則ち之を藐んぜよ。其の巍巍然たるを視ること勿れ」と。視ること勿れとは、心に在り。目は則ち熟視するも亦妨げず。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「古の賢王は善を好みて勢いを忘る。古の賢士、何ぞ獨り然らざらん。其の道を樂しみて、人の勢いを忘る。故に王公も敬を致し禮を盡くさずんば、則ち亟々之を見るを得ず。見ることすら且つ猶ほ亟々するを得ず、而るを況んや得て之を臣とするをや。」
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『慎思録』巻之三孔子の大人を畏るとは、其の爵位有るを尊びて、君上を敬するの意にして、其の勢を畏るるに非ず。是れ驕らざるなり。孟子の大人を藐るとは、其の富貴を畏れて屈辱せざるの意にして、其の人を藐るに非ず。是れ諂はざるなり。蓋し大人を畏ると富貴を藐るとは、道並び行はれて悖らざるなり。大凡礼の用は、和を貴しと為す。太だ促縮して、気をして屈辱せしむべからず。故に大人に説くには、則ち須らく志意をして舒展せしめ、言語をして尽くすを得しむべきなり。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「恭者は人を侮らず、儉者は人より奪わず。人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉を為すを得んや。恭儉は豈に聲音笑貌を以て為す可けんや。」
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