孟子 / 盡心章句下
孟子曰、逃墨必歸於楊、逃楊必歸於儒。歸斯受之而已矣。今之與楊墨辯者、如追放豚。既入其苙、又從而招之。
新字:孟子曰、逃墨必帰於楊、逃楊必帰於儒。帰斯受之而已矣。今之与楊墨弁者、如追放豚。既入其苙、又従而招之。
書き下し
孟子曰く、「墨を逃るれば必ず楊に歸し、楊を逃るれば必ず儒に歸す。歸すれば斯に之を受けんのみ。今の楊・墨と辯ずる者は、放豚を追うが如し。既に其の苙に入れば、又從って之を招ぐ。」
現代語訳
孟子は言った。 「墨子の誤りを知った者は、必ず楊朱の学派に入るが、その誤りを悟った者は、必ず儒家の門下にやってくる。そうすれば、それを素直に受け入れてやればよいだけの事である。ところが今の楊・墨の学派と論争する者は、逃げ出した豚を捕らえようと追いかけまわしているような態度であって、囲いの中に入ってしまえばそれでよいのに、さらに逃げ出さないように足を縛りつけるようなことをする。それはかえってよくないことだ。」
解説
一度離れていった人や、別の考え方を持っていた人が自分の元へ戻ってきたときには、過去を咎めることなく寛容な心で受け入れることが大切です。無理に自分の考えを押し付けたり、再び離れていかないように厳しく縛りつけたりすると、かえって相手の心を遠ざけてしまいます。仕事のチームや人間関係においても、相手の自主性を尊重し、自然な形で協力し合えるような大らかな環境を作ることこそが、本当に人を惹きつけるリーダーの姿です。
この章句が説くこと
寛容さ自主性の尊重リーダーシップ
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