孟子 / 盡心章句下
孟子曰、逃墨必歸於楊、逃楊必歸於儒。歸斯受之而已矣。今之與楊墨辯者、如追放豚。既入其苙、又從而招之。
新字:孟子曰、逃墨必帰於楊、逃楊必帰於儒。帰斯受之而已矣。今之与楊墨弁者、如追放豚。既入其苙、又従而招之。
書き下し
孟子曰く、「墨を逃るれば必ず楊に歸し、楊を逃るれば必ず儒に歸す。歸すれば斯に之を受けんのみ。今の楊・墨と辯ずる者は、放豚を追うが如し。既に其の苙に入れば、又從って之を招ぐ。」
現代語訳
孟子は言った。 「墨子の誤りを知った者は、必ず楊朱の学派に入るが、その誤りを悟った者は、必ず儒家の門下にやってくる。そうすれば、それを素直に受け入れてやればよいだけの事である。ところが今の楊・墨の学派と論争する者は、逃げ出した豚を捕らえようと追いかけまわしているような態度であって、囲いの中に入ってしまえばそれでよいのに、さらに逃げ出さないように足を縛りつけるようなことをする。それはかえってよくないことだ。」
解説
一度離れていった人や、別の考え方を持っていた人が自分の元へ戻ってきたときには、過去を咎めることなく寛容な心で受け入れることが大切です。無理に自分の考えを押し付けたり、再び離れていかないように厳しく縛りつけたりすると、かえって相手の心を遠ざけてしまいます。仕事のチームや人間関係においても、相手の自主性を尊重し、自然な形で協力し合えるような大らかな環境を作ることこそが、本当に人を惹きつけるリーダーの姿です。
この章句が説くこと
寛容さ自主性の尊重リーダーシップ
関連する章句
-
孟子・離婁章句下孟子曰く、「人の不善を言わば、當に後患を如何すべき。」
-
孟子・離婁章句下公都子曰く、「匡章は、通國皆不孝と稱す。夫子之と遊び、又從って之を禮貌す。敢て問う何ぞや。」孟子曰く、「世俗の所謂不孝なる者は五あり。其の四支を惰り、父母の養いを顧みざるは、一の不孝なり。博奕し飲酒を好み、父母の養いを顧みざるは、二の不孝なり。貨財を好み、妻子に私して、父母の養いを顧みざるは、三の不孝なり。耳目の欲を從にして、以て父母の戮を為すは、四の不孝なり。勇を好みて鬭很し、以て父母を危うくするは、五の不孝なり。章子は是に一有るか。夫の章子は、子父、善を責めて、相遇わざるなり。善を責むるは、朋友の道なり。父子、善を責むるは、恩を賊うの大なる者なり。夫の章子は、豈に夫妻子母の屬有るを欲せざらんや。父に罪を得て、近づくことを得ざるが為に、妻を出だし子を屏け(しりぞける)て、終身養われず。其の心を設くるや以為えらく、是の若くならずんば、是れ則ち罪の大なる者なりと。是れ則ち章子のみ。」
-
論語・陽貨篇孔子曰わく、五つのことを天下に行うこと能わば、仁と為す。これを問う。曰わく、恭・寛・信・敏・恵なり。恭なれば侮られず、寛なれば衆を得、信なれば人これに任じ、敏なれば功あり、恵なれば人を使うに足る。
-
論語・衛霊公篇子曰わく、過ちて改めざる、これを過ちという。
-
論語・郷党篇食は精を厭わず、膾は細きを厭わず。食の饐して餲せると、魚の餒れて肉の敗れたるとは、食らわず。色悪しきは食らわず、臭悪しきは食らわず。飪を失えるは食らわず、時ならざるは食らわず。割正しからざるは食らわず、其の醬を得ざれば食らわず。肉は多しと雖も、食気に勝たしめず。唯だ酒は量無きも、乱に及ばず。沽える酒と市える脯とは食らわず。薑を撤てて食らい、多くは食らわず。公に祭れば、肉を宿さず。祭肉は三日を出ださず。三日を出ずれば、之を食らわず。食らうに語らず、寝ぬるに言わず。疏食菜羹瓜と雖も祭れば、必ず斉如たり。
-
論語・泰伯篇子曰く、『巍々(ぎぎ)たるかな、舜・禹の天下を有つや、而(しか)も与(あずか)らず。』