孟子 / 盡心章句下
浩生不害問曰、樂正子何人也。孟子曰、善人也、信人也。何謂善、何謂信。曰、可欲之謂善、有諸己之謂信。充實之謂美、充實而有光輝之謂大。大而化之之謂聖、聖而不可知之之謂神。樂正子二之中、四之下也。
新字:浩生不害問曰、楽正子何人也。孟子曰、善人也、信人也。何謂善、何謂信。曰、可欲之謂善、有諸己之謂信。充実之謂美、充実而有光輝之謂大。大而化之之謂聖、聖而不可知之之謂神。楽正子二之中、四之下也。
書き下し
浩生不害問いて曰く、「樂正子は何人ぞや。」孟子曰く、「善人なり、信人なり。」「何をか善と謂い、何をか信と謂う。」曰く、「欲す可きを之れ善と謂い、諸を己に有するを之れ信と謂う。充實せるを之れ美と謂い、充實して光輝有るを之れ大と謂う。大にして之を化するを之れ聖と謂い、聖にして之を知る可からざるを之れ神と謂う。樂正子は二の中、四の下なり。」
現代語訳
齊人の浩生不害が孟子に尋ねて言った。 「樂正子はどんな人物ですか。」 孟子は言った。 「善人であり、信に厚い人だ。」 「何を善と言い、何を信と言うのですか。」 「誰もが望ましいと思うものが善であり、それを身につけ懐き続けるのが信である。この善と信とを己に充実させているのを美であると言い、光り輝くほどに充実させているのを大と言い、大にしてよく天下を化するのを聖と言い、聖にしてその偉大な働きを計り知ることが出来ないのを神と言う。この善・信・美・大・聖・神の六段階のうち、樂正子は善と信との二者の中にあるが、他の四者には達しておらず、その下に在る者である。」
解説
人間の成長には様々な段階があります。まずは誰もが正しいと思うことを善として受け入れ、それを自分の行動として身につけることが第一歩です。そして、その正しい行いを自分の中に充実させ、周囲を感化するほどの大きな影響力を持つことで、人はさらに上の段階へと進んでいきます。日々の仕事や学びにおいても、いきなり完璧な結果を求めるのではなく、まずは基本的な正しい姿勢を身につけ、それを少しずつ深めていくという成長のプロセスを意識することが大切です。
この章句が説くこと
成長過程正しい行い影響力
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