孟子 / 盡心章句下
孟子謂高子曰、山徑之蹊、閒介然用之、而成路。為閒不用、則茅塞之矣。今茅塞子之心矣。
新字:孟子謂高子曰、山径之蹊、閒介然用之、而成路。為閒不用、則茅塞之矣。今茅塞子之心矣。
書き下し
孟子、高子に謂いて曰く、「山徑の蹊、閒く介然として之を用うれば、路を成す。閒く用いざるを為せば、則ち茅、之を塞ぐ。今や、茅、子の心を塞げり。」
現代語訳
孟子は嘗て弟子であった高子に向かって言った。 「山の峰の小道も、しばらく確固として使い続ければ、まともな道になるが、しばらくの間使わなければ、茅が生い茂って道を塞いでしまう。ここしばらく、おまえは正道を歩んでいないから、茅がお前の心を塞いでしまているのだ。」
解説
どんなに素晴らしい知識や習慣であっても、日々の実践を怠るとすぐに衰えてしまいます。それは、誰も通らなくなった山道がすぐに雑草で覆われてしまうのと同じです。仕事のスキルや心の修養も、継続して使い続けることで初めて確かなものとして定着します。少しでも気を抜いて怠けてしまうと、心の中に迷いや怠惰という雑草が生い茂ってしまいます。正しいことや良い習慣は、立ち止まることなく日々継続することが何より大切です。
この章句が説くこと
継続習慣自己修養
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