孟子 / 盡心章句下
孟子曰、孔子之去魯、曰、遲遲吾行也。去父母國之道也。去齊、接淅而行。去他國之道也。
新字:孟子曰、孔子之去魯、曰、遅遅吾行也。去父母国之道也。去斉、接淅而行。去他国之道也。
書き下し
孟子曰く、「孔子の魯を去るや、曰く、『遲遲として吾行くなり。』父母の國を去るの道なり。齊を去るや、淅を接して行く。他國を去るの道なり。」
現代語訳
孟子は言った。 「孔子が故郷の魯を去るとき、『遅々として進まぬ吾が歩みよ。』と言われた。これは父母の国を去るのだから当然の姿である。齊を去ったときは、米を水に漬けながら、炊飯する暇も惜しんで、米をそのまま持って去るほどに、足早に去って行った。これは他国を去るのだから当然のことである。」
解説
人は、愛着のある場所を離れるときは名残惜しく、そうでない場所からは未練なく去っていくものです。孔子でさえ、故郷を去る時は後ろ髪を引かれ、見切った他国からは足早に立ち去りました。私たちは時に、すべての場所や人に同じように接しなければならないと思い込みがちですが、自分の感情に素直になり、自然な情愛の濃淡を受け入れることも人間らしさの一つです。無理に感情を取り繕う必要はないのです。
この章句が説くこと
愛着人間らしさ自然な感情素直さ
関連する章句
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『講孟余話』盡心下 第十七章此の章、即ち萬章下篇首章中の一段にて、孔子の速・久・処・仕、各其の可に当たるを云ふなり。然れども疑ふべき者あり。告子下篇第六章に云く、「孔子魯の司寇と為る、用ゐられず。従ひて祭る、燔肉至らず、冕を税かずして行く」と。然れば遅々として行くに非ず。又孟子の斉を去る、「三宿して而る後に昼を出づ」公孫丑下篇第十二章とあり。孟子何ぞ孔子の「淅を接りて行く」に傚はざるや。余按ずるに、淅を接ると云ひ、冕を税かずと云ふ者は皆辞なり。三宿と云ふ者は実事なり。朱子前の告子篇に註して云く、「幾を見ること明決にして、用意忠厚なり」と云ふ、簡明の説と云ふべし。又楊氏の説を引きて云く、「孔子去らんと欲するの意久し。苟も去るを欲せず、故に遅々として其れ行くなり。膰肉至らざれば則ち微罪を以て行くべし、故に冕を税かずして行く、速やかなるに非ざるなり」と。亦善く明決忠厚の意を発すと云ふべし。
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『講孟余話』告子下 第六章「孔子魯の司寇と為る」云々。孟子自ら斉を去るを以て、孔子の魯を去るに比す。此の意を味ふに必ず由あらん。公孫丑下篇末章に、「崇に於て、吾王を見ることを得、退きて去る志有り。斉に久しきは、我が志に非ざるなり」とあり。其の第十一章に、「子長者の為に慮りて、子思に及ばず」とあり。其の第十二章に、「王庶幾はくは之を改めん」とあり。此の類を合せ見ば、大略伺ふべし。蓋し孟子初めて宣王に見えてより既に去る志あり。然れども故なくして去ることを欲せず。故に必ず時を待ちて後去るなり。或は一事に託して去るならん。待つことあり託することありと云へども、其の本意は宣王賢を尊ぶの誠心なく、王政を行ふの実心なきの故を以てなり。豈に他あらんや。
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孟子・公孫丑章句下孟子、齊自り魯に葬むる。齊に反り、嬴に止まる。充虞、請いて曰く、「前日は虞の不肖なるを知らず、虞をして匠を敦(おさめる)めしむ。事は嚴なり。虞、敢て請わず。今願わくは竊かに請うこと有らん。木以(はなはだ)だ美なるが若く然り。」曰く、「古者は棺槨度無し。中古は棺七寸。槨、之に稱う。天子自り庶人に達す。直に觀の美を為すに非ざるなり。然る後人の心を盡くすなり。得ざれば、以て悅びを為す可からず。財無ければ、以て悅びを為す可からず。之を得ると財有ると、古の人皆之を用う。吾何為れぞ獨り然らざらん。且つ化するときの比まで、土をして膚に親しましむる無きは、人の心に於いて獨り恔(こころよし)きこと無からんや。吾之を聞く、『君子は天下を以て其の親に儉せず。』」
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『講孟余話』公孫丑下 第十二章此の章に於て仁人の心を知るべし。燕の楽毅が所謂「古の君子は交はり絶ゆるも悪声を出さず、忠臣国を去るも其の名を潔くせず」と云ふも此の義なり。孟子平生斉王を諫争教戒する者甚だ備はれり、而るに王曾て是れを聴納せず、故に孟子斉を去るなり。常人をして是れに処せしめば、必ず怒罵して斉王の非を数へ、自己の名を衒はん。而して孟子斉を去る事を記すること、前後凡そ五章、一言の怨怒の気なく、斉王を謗刺するの言なし。其の和気藹然、掬するに余りあり。且つ徒に言語の末然るに非ず、三宿して昼を出で、濡滞の議を顧みず、真に国を去りて其の名を潔くせずと云ふべし。
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孟子・盡心章句下孟子滕に之き、上宮に館す。牖上に業屨有り。館人之を求むるも得ず。或ひと之に問いて曰く、「是の若きか、從者の廋(かくす)すや。」曰く、「子は是れ屨を竊むが為に來たれりと以えるか。」曰、「殆ど非なり。」「夫れ予の科を設くるや、往く者は追わず、來たる者は距まず。苟くも是の心を以て至らば、斯に之を受くるのみ。」
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