孟子 / 盡心章句下
孟子曰:「吾今而後知殺人親之重也:殺人之父,人亦殺其父;殺人之兄,人亦殺其兄。然則非自殺之也,一間耳。」
書き下し
孟子曰く、「吾今にして後に人の親を殺すことの重きを知る。人の父を殺せば、人も亦た其の父を殺し、人の兄を殺せば、人も亦た其の兄を殺す。然らば則ち自ら之を殺すに非ざるも、一間のみ。」
現代語訳
孟子は言った。「私は今になってようやく、人の肉親を殺すことの罪の重さを知った。人の父を殺せば、人もまた自分の父を殺し、人の兄を殺せば、人もまた自分の兄を殺す。そうであれば、自分の手で自分の父や兄を殺したのではないにしても、その差はほんのわずかにすぎない。」
解説
人の父を殺せば、やがて相手も自分の父を殺しに来る。人の兄を殺せば、自分の兄が殺される。だから他人の肉親を殺すことは、自分の手で肉親を殺すのとほとんど変わらないと孟子は言います。戦国時代は、復讐が復讐を呼ぶ報復の連鎖が現実にありふれていました。「今にして後に知る」という言い方には、そうした悲劇を目の当たりにした孟子の実感がにじんでいます。人を害することは、めぐりめぐって自分の大切なものを害することになるという教えは、仁の立場からの戦争や暴政への批判でもあります。現代の人間関係や組織でも、相手を攻撃したり陥れたりすれば、その反動は必ず自分や身内に返ってきます。攻撃の前に、その先を想像したいものです。
この章句が説くこと
因果応報報復仁想像力他者への思いやり因果
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