孟子 / 盡心章句上
孟子曰、君子之所以教者五。有如時雨化之者。有成德者。有達財者。有答問者。有私淑艾者。此五者、君子之所以教也。
新字:孟子曰、君子之所以教者五。有如時雨化之者。有成徳者。有達財者。有答問者。有私淑艾者。此五者、君子之所以教也。
書き下し
孟子曰く、「君子の教うる所以の者は五あり。時雨の之を化するが如き者有り。德を成さしむる者有り。財を達せしむる者有り。問に答うる者有り。私に淑く艾せしむる者有り。此の五者は、君子の教うる所以なり。」
現代語訳
孟子は言った。 「君子が人に教える方法は五つある。時に適った雨が、草木や穀物を成長させるように、その人を自然と教化する方法、本人の長所を伸ばして、徳を完成させる方法と才能を十分に発揮させる方法、問いに対して答える方法、直接教えて悟らせるのではなく、間接的に自ら修養して悟らせるようにする方法である。この五つが、君子の教える方法である。」
解説
孟子は、君子が人を教える方法として五つを挙げます。時に適った雨のように自然に感化する方法、徳を完成させる方法、才能を伸ばす方法、問いに答える方法、そして直接教えず自ら修養して悟らせる方法です。人を教え導く方法には、相手の才能や状況に合わせて様々なアプローチがあるという教えです。一律に同じ教え方を押しつけるのではなく、自然に感化させたり、長所を伸ばしたり、疑問に答えたりと、相手に最も適した方法を選ぶことこそ指導者の役割だと孟子は考えます。現代の教育や部下育成においても、画一的な指導ではなく、個人の適性や状況に応じた柔軟な対応が求められているのです。
この章句が説くこと
教育指導法適材適所
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公二十六年 叔向、子朱と争う二十六年春、秦伯の弟鍼晉に如きて成を脩む。叔向、行人子員を召さしむ。行人子朱曰く、「朱や御に當たる」と。三たび云ふも、叔向應へず。子朱怒りて曰く、「班爵同じきに、何を以て朱を朝に黜くる」と。劍を撫して之に從ふ。叔向曰く、「秦・晉和せざること久し。今日の事、幸ひにして集らば、晉國之に賴らん。集らずんば、三軍骨を暴さん。子員は二國の言を道ひて私無し。子は常に之を易ふ。姦以て君に事ふる者は、吾が能く御ぐ所なり」と。衣を拂ひて之に從ふ。人之を救ふ。平公曰く、「晉其れ庶からんか。吾が臣の爭ふ所の者大なり」と。師曠曰く、「公室卑からんことを懼る。臣心もて競はずして力もて爭ひ、德を務めずして善を爭ふ。私欲已に侈いなり。能く卑きこと無からんや」と。
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説苑・雜言仲尼曰く、「其の地に非ずして之を樹うれば、生ぜざるなり。其の人に非ずして之に語れば、聴かざるなり。其の人を得れば、沙を聚めて之に雨降らすが如く、其の人に非ざれば、聾を聚めて之に鼓するが如し」と。
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人物志・流業是の故に、主道立てば、則ち十二材各其の任を得るなり。清節の徳は、師氏の任なり。法家の材は、司寇の任なり。術家の材は、三孤の任なり。三材純備なるは、三公の任なり。三材にして微なるは、冢宰の任なり。臧否の材は、師氏の佐なり。智意の材は、冢宰の佐なり。伎倆の材は、司空の任なり。儒学の材は、安民の任なり。文章の材は、国史の任なり。弁給の材は、行人の任なり。驍雄の材は、将帥の任なり。
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説苑・政理楊朱、梁王に見え、天下を治むるは諸を掌に運らすが如しと言う。梁王曰く、「先生一妻一妾有りて治むる能わず、三畝の園芸すること能わず、天下を治むるは諸を手掌に運らすが如しと言うは何を以てか。」楊朱曰く、「臣之有り。君夫の羊を見ずや、百羊にして群れ、五尺の童子をして杖を荷いて之に随わしむれば、東せんと欲すれば東し、西せんと欲すれば西す。君且つ堯をして一羊を牽かしめ、舜をして杖を荷いて之に随わしめば、則ち乱の始めなり。臣之を聞く、夫れ舟を吞むの魚は淵に遊ばず、鴻鵠高く飛びて汙池に就かず。何となれば則ち其の志極めて遠ければなり。黄鐘大呂は繁奏の舞に従う可からず。何となれば則ち其の音疏なればなり。将に大なる者を治めんとする者は小なる者を治めず、大功を成す者は小しく苛せず、此を之謂うなり。」
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『長短経』量才〔清節の徳は師氏の任なり。法家の材は司寇の任なり。術家の材は三孤の任なり。臧否の材は師氏の任なり。伎倆の材は司空の任なり。儒学の材は保氏の任なり。文章の材は国史の任なり。驍雄の材は将帥の任なり。〕
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