孟子 / 盡心章句上
孟子自范之齊、望見齊王之子、喟然歎曰、居移氣、養移體。大哉居乎。夫非盡人之子與。孟子曰、王子宮室車馬衣服多與人同。而王子若彼者、其居使之然也。況居天下之廣居者乎。魯君之宋、呼於垤澤之門。守者曰、此非吾君也。何其聲之似我君也。此無他、居相似也。
新字:孟子自范之斉、望見斉王之子、喟然嘆曰、居移気、養移体。大哉居乎。夫非尽人之子与。孟子曰、王子宮室車馬衣服多与人同。而王子若彼者、其居使之然也。況居天下之広居者乎。魯君之宋、呼於垤沢之門。守者曰、此非吾君也。何其声之似我君也。此無他、居相似也。
書き下し
孟子自、范自り齊に之き、齊王の子を望見し、喟然として歎じて曰く、「居は氣を移し、養は體を移す。大なるかな居や。夫れ盡く人の子に非ざるか。」孟子曰く、「王子の宮室・車馬・衣服は、多く人と同じ。而るに王子の彼の若き者は、其の居、之をして然らしむるなり。況んや天下の廣居に居る者をや。魯の君、宋に之き、垤(テツ)澤の門に呼ぶ。守る者曰く、『此れ吾が君に非ざるなり。何ぞ其の聲の我が君に似たるや。』此れ他無し、居、相似たればなり。」
現代語訳
孟子が范の町から齊の都へ行ったとき、齊の王子を遠くから見かけたとき、嘆息して言った。 「位というものは、その人の気構えを変化させ、位に応じた奉養は、その人の立ち居振る舞いを変化させる。大したものだな位というものは。人の子と言うことでは誰もが同じではないか。それなのに王子だけは違う。」 更に孟子は言った。 「王子の宮殿・車馬・衣服などは、だいたい他の人々と同じである。それなのに、あのように王子に威厳。風格があるのは、その位による気構えがそうさせているのだ。ましてや、仁義という天下第一の広居に身を置いている者が、人と異なるのは当然のことである。魯の君が宋に行かれ、垤澤の城門に着いて、門番に門を開けるように呼び掛けたとき、門番は、『これはうちの殿様ではないはずだが、何とその声の似ていなさることか。』と言った。これは外でもない、居る所の位が同じだから、風格や振る舞いなどすべてが、自然と似てくるのだ。」
解説
この章句が説くこと
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