孟子 / 盡心章句上
孟子曰、行之而不著焉。習矣而不察焉。終身由之而不知其道者、衆也。
書き下し
孟子曰く、「之を行いて而も著らかならず。習いて而も察らかならず。終身之に由りて、其の道をしらざる者は、衆きなり。」
現代語訳
孟子は言った。 「物事を実行しても、その道理が分かっていない。繰り返し行ってもはっきりと理解することが出来ない。一生そのような状態で、物事の道理を理解できないままに終わる者は多くいる。」
解説
私たちは日々の仕事や家事をただ無自覚に繰り返してしまいがちです。しかし、なぜその作業が必要なのか、どんな意味があるのかを深く考えずに過ごすと、本質を見失ったまま一生を終えることになりかねません。日常の些細な行動の中にも大切な道理が隠されています。漫然と習慣をこなすのではなく、自分の行動の意味を立ち止まって考え、一つ一つの物事に意識を向けることで、より豊かで充実した人生を送ることができます。
この章句が説くこと
無自覚習慣本質道理
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