孟子 / 告子章句下
魯欲使樂正子為政。孟子曰、吾聞之、喜而不寐。公孫丑曰、樂正子強乎。曰、否。有知慮乎。曰、否。多聞識乎。曰、否。然則奚為喜而不寐。曰、其為人也好善。好善足乎。曰、好善優於天下。而況魯國乎。夫苟好善、則四海之內、皆將輕千里而來、告之以善。夫苟不好善、則人將曰、訑訑。予既已知之矣。訑訑之聲音顏色、距人於千里之外。士止於千里之外、則讒諂面諛之人至矣。與讒諂面諛之人居、國欲治、可得乎。
新字:魯欲使楽正子為政。孟子曰、吾聞之、喜而不寐。公孫丑曰、楽正子強乎。曰、否。有知慮乎。曰、否。多聞識乎。曰、否。然則奚為喜而不寐。曰、其為人也好善。好善足乎。曰、好善優於天下。而況魯国乎。夫苟好善、則四海之内、皆将軽千里而来、告之以善。夫苟不好善、則人将曰、訑訑。予既已知之矣。訑訑之声音顏色、距人於千里之外。士止於千里之外、則讒諂面諛之人至矣。与讒諂面諛之人居、国欲治、可得乎。
書き下し
魯、樂正子をして政を為めしめんと欲す。孟子曰く、「吾之を聞き、喜びて寐ねず。」公孫丑曰く、「樂正子は強なるか。」曰く、「否。」「知慮有るか。」曰く、「否。」「聞識多きか。」曰く、「否。」「然ら則ち奚為れぞ喜びて寐ねられざる。」曰く、「其の人と為りや善を好めばなり。」「善を好めば足るか。」曰く、「善を好めば天下に優なり。而るを況んや魯國をや。夫れ苟くも善を好めば、則ち四海の內、皆將に千里を輕しとして來たり、之に告ぐるに善を以てせんとす。夫れ苟くも善を好まざれば、則ち人將に曰わんとす、『訑訑(イ・イ)たり。予既に已に之を知れり。』訑訑の聲音顏色は、人を千里の外に距ぐ。士、千里の外に止まらば、則ち讒諂面諛の人至らん。讒諂面諛の人と居らば、國治まらんことを欲するも、得可けんや。」
現代語訳
魯の国は、孟子の弟子の樂正子に政治を行わせようとした。孟子は言った。 「私はこの話を聞いて、夜も寝られないほどに喜んだ。」 公孫丑は言った。 「樂正子は果断な人ですか。」 「いや違う。」 「思慮深い人ですか。」 「いや違う。」 「博識なのですか。」 「いや違う。」 「それでは、どうして夜も寝られないほどに喜ばれるのでしょうか。」 「彼が善を好む人物だからだ。」 「善を好めばそれでよいのでしょうか。」 「善を好めば、天下を治めてもなお余裕がある。魯の一国を治めるぐらいは何でもないことだ。だいたい本当に善を好めば、天下の人々は皆千里の道も厭わずに、善いことを告げにやってくる。しかし、かりにも善が嫌いであったら、天下の人々は、知ったかぶりをして、俺は何でも知っているのだと自己満足している、と言うだろう。知ったかぶりをしている人間の言葉つきや顔色は、賢者を千里の外に追いやってしまう。そして賢者が千里の外に留まって中に入ってこなければ、讒言する者やへつらう者ばかりがやってくる。このような讒言者やへつらい者に囲まれていたのでは、国をうまく治めようとしても、治まりようがないではないか。」
解説
この章句が説くこと
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六韜・論将武王 太公に問ひて曰く、「将を論ずるの道は奈何」と。太公曰く、「将に五材十過あり」と。武王曰く、「敢へて其の目を問はん」と。太公曰く、「所謂五材とは、勇・智・仁・信・忠なり。勇なれば則ち犯すべからず、智なれば則ち乱すべからず、仁なれば則ち人を愛し、信なれば則ち欺かず、忠なれば則ち二心なし。所謂十過とは、勇にして死を軽んずる者あり、急にして心速やかなる者あり、貪にして利を好む者あり、仁にして人に忍びざる者あり、智にして心怯なる者あり、信にして人を信ずるを喜ぶ者あり、廉潔にして人を愛せざる者あり、智にして心緩き者あり、剛毅にして自ら用ふる者あり、懦にして人に任ずるを喜ぶ者あり。勇にして死を軽んずる者は、暴すべきなり。急にして心速やかなる者は、久しくすべきなり。貪にして利を好む者は、遺るべきなり。仁にして人に忍びざる者は、労せしむべきなり。智にして心怯なる者は、窘しむべきなり。信にして人を信ずるを喜ぶ者は、誑くべきなり。廉潔にして人を愛せざる者は、侮るべきなり。智にして心緩き者は、襲ふべきなり。剛毅にして自ら用ふる者は、事ふべきなり。懦にして人に任ずるを喜ぶ者は、欺くべきなり。故に兵は国の大事、存亡の道にして、命は将に在り。将は国の輔にして、先王の重んずる所なり。故に将を置くには察せざるべからず。故に曰く、兵は両つながら勝たず、亦た両つながら敗れず。兵出でて境を踰ゆれば、期は十日ならずして、国を亡ふことあらずんば、必ず軍を破られ将を殺さるることあり」と。武王曰く、「善き哉」と。
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