孟子 / 離婁章句下
孟子曰、君子之澤五世而斬、小人之澤五世而斬。予未得為孔子徒也。予私淑諸人也。
新字:孟子曰、君子之沢五世而斬、小人之沢五世而斬。予未得為孔子徒也。予私淑諸人也。
書き下し
孟子曰く、「君子の澤は五世にして斬え、小人の澤も五世にして斬ゆ。予未だ孔子の徒為るを得ざるなり。予私かに諸を人に淑くするなり。」
現代語訳
孟子は言った。 「徳の高い聖人も普通の人も、そのもたらす恩沢はしだいに薄くなり、五世、百五十年もすれば消えてしまうのが通例である。私は生まれるのが遅く孔子の直弟子と為ることはできなかったが、孔子が亡くなられてから百年ほどなので、その遺風はまだ残っており、それを伝える人たちから、私は学ぶことが出来た。」
解説
どんなに優れた人の影響力も、世代が変われば少しずつ薄れていくものです。しかし、直接教えを受けることができなくても、優れた人物の考えや生き方を書物などから学び、自分の手本とすることは十分に可能です(私淑)。現代でも、尊敬する歴史上の人物や会ったことのない先人からインスピレーションを受け、自分の人生や仕事の指針とすることは素晴らしい学びの形です。
この章句が説くこと
私淑影響力学び先人
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論語・先進篇子曰く、「由の瑟、奚為れぞ丘の門に於いてせん。」門人子路を敬せず。子曰く、「由や堂に升れり、未だ室に入らざるなり。」
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「聖人は百世の師なり。伯夷・柳下惠是れなり。故に伯夷の風を聞く者は、頑夫も廉に、懦夫も志を立つる有り。柳下惠の風を聞く者は、薄夫も敦く、鄙夫も寬なり。百世の上に奮い、百世の下、聞く者興起せざるは莫きなり。聖人に非ずんば、能く是の若くならんや。而るを況んや之に親炙する者に於いてをや。」 <語釈> ○「頑夫・懦夫」、趙注:頑は、貪なり、懦は、弱なり。○「鄙夫」、趙注:鄙は、狭なり。度量の狭いこと。○「親炙」、親しくその人に接して感化を受けること。親炙に浴するなどと今でも使われるが、その出典がここである。
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『晏子春秋』諫上・景公愛嬖妾隨其所欲晏子諫且つ詩に曰く、『載ち驂し載ち駟す、君子の届る所』と。夫れ駕八は、固より制に非ず、今又此れを重ぬ、其の制に非ざること、滋ます甚だしからずや。且つ君苟くも之を美とし楽しめば、国は必ず眾く之を為さん。田猟には則ち便ならず、道行き遠きを致すには則ち不可なり。然り而して馬を用うること数倍す、此れ下を禦する道に非ざるなり。耳目に淫して、民の務めに当たらず、此れ聖王の禁ずる所なり。君苟くも之を美とし楽しめば、諸侯必ず或いは我に效わん。君は厚徳善政以て諸侯を被うこと無くして、之を易うるに僻を以てす、此れ民を子とし、名を彰らかにし、遠きを致し、鄰国に親しむ所以の道に非ざるなり。且つ賢良廃滅し、孤寡振わざるに、嬖妾を聴きて禦夫に禄し以て怨みを蓄う、民と仇を為す道なり。詩に曰く、『哲夫は城を成し、哲婦は城を傾く』と。今君は城を成すの求めを思わず、惟だ城を傾くるの務めのみ、国の亡ぶ日至らん、君其れ之を図れ」と。公曰く、「善し」と。遂に復た観ず、乃ち翟王子羨を罷め帰し、嬖人嬰子を疏ず。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「人は與に適むるに足らざるなり。政は間するに足らざるなり。惟だ大人のみ能く君の心の非を格すことを為す。君、仁なれば仁ならざること莫く、君、義なれば義ならざること莫く、君、正しければ正しからざること莫し。一たび君を正しくすれば、國定まる。」
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孟子・盡心章句上公孫丑曰く、「詩に曰く、『素餐せず。』君子の耕やさずして食らうは、何ぞや。」孟子曰く、「君子、是の國に居るや、其の君、之を用うれば、則ち安富尊榮に、其の子弟之に從えば、則ち孝弟忠信なり。素餐せざること、孰れか是れより大ならん。」
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史記 大宛列伝而して漢使河源を窮むるに、河源は于窴に出で、其の山に玉石多し。采り来たるに、天子古の図書を案じ、河の出づる所の山を名づけて崑崙と曰ふと云ふ。是の時、上方に数々海上に巡狩し、乃ち悉く外国の客を従へ、大都の人多き者は則ち之に過り、財帛を散じて以て賞賜し、厚く具へて以て之に饒給し、以て漢の富厚を覧示す。是に於いて大いに觳抵し、奇戯諸々の怪物を出だし、多く観る者を聚め、賞賜を行ひ、酒池肉林、外国の客をして遍く各々の倉庫府蔵の積を観しめ、漢の広大を見せしめて之を傾駭せしむ。其の眩者の工を加ふるに及び、而して觳抵奇戯歳々に増変し、甚だ盛んにして益々興るは、此より始まる。西北の外国の使ひ、更々来たり更々去る。宛以西は、皆自ら遠しと以ひ、尚ほ驕恣晏然として、未だ礼を以て詘し羈縻して使ふ可からず。烏孫より以西安息に至るまで、匈奴に近きを以て、匈奴月氏を困しめしを以て、匈奴の使ひ単于の一信を持せば、則ち国国伝へて食を送り、敢へて留め苦しめず。漢使に至るに及びては、幣帛を出だすに非ざれば食を得ず、畜を市はざれば騎用を得ず。然る所以の者は、漢に遠く、而して漢は財物多し。故に必ず市ひて乃ち欲する所を得。然れども匈奴を漢使より畏るるを以てなり。宛の左右は蒲陶を以て酒と為し、富人は酒を蔵すること万余石に至り、久しき者は数十歳にして敗れず。俗は酒を嗜み、馬は苜蓿を嗜む。漢使其の実を取りて来たり、是に於いて天子始めて苜蓿・蒲陶を肥饒の地に種う。天馬多く、外国の使ひ来たること衆きに及び、則ち離宮別観の旁に尽く蒲萄・苜蓿を種ゑ、望みを極む。大宛より以西安息に至るまで、国頗る言を異にすと雖も、然れども大いに俗を同じくし、相言を知る。其の人皆深眼にして須髯多く、市賈を善くし、分銖を争ふ。俗は女子を貴び、女子の言ふ所にして丈夫乃ち決正す。其の地皆糸漆無く、銭器を鋳るを知らず。漢使の亡卒の降るに及び、他の兵器を鋳作するを教ふ。
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