孟子 / 離婁章句下
孟子曰、舜生於諸馮、遷於負夏、卒於鳴條。東夷之人也。文王生於岐周、卒於畢郢。西夷之人也。地之相去也、千有餘里。世之相後也、千有餘歲。得志行乎中國、若合符節。先聖後聖、其揆一也。
新字:孟子曰、舜生於諸馮、遷於負夏、卒於鳴条。東夷之人也。文王生於岐周、卒於畢郢。西夷之人也。地之相去也、千有余里。世之相後也、千有余歳。得志行乎中国、若合符節。先聖後聖、其揆一也。
書き下し
孟子曰く、「舜は諸馮に生まれ、負夏に遷り、鳴條に卒す。東夷の人なり。文王は岐周に生まれ、畢郢に卒す。西夷の人なり。地の相去るや、千有餘里。世の相後るるや、千有餘歲。志を得て中國に行うは、符節を合するが若し。先聖後聖、其の揆一なり。」
現代語訳
孟子は言った。 「舜は諸馮に生まれ、負夏に遷り、鳴條で亡くなった、東方の片田舎の人である。文王は岐周に生まれ、畢郢で亡くなった、西方の片田舎の人である。それぞれ地を隔てること千餘里、時代を隔てること千餘歳である。それなのに志を得て天下に於いて行った事業は、割符を合わせたように一致している。それは先の聖人も後の聖人も、その考えや行いが同一であるということだ。」
解説
時代や生まれた環境、立場が大きく異なっていても、人間として本当に価値のある生き方や正しい考え方の本質は変わりません。歴史上の偉人たちが、離れた場所や異なる時代であっても同じような優れた成果を残したことは、その普遍性を証明しています。現代を生きる私たちも、移り変わる流行や表面的な違いに惑わされることなく、時代を超えて通用する誠実さや思いやりといった普遍的な価値観を大切に生きていくことが重要です。
この章句が説くこと
普遍性本質価値観共通点
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