孟子 / 離婁章句上
孟子曰、仁之實、事親是也。義之實、從兄是也。智之實、知斯二者弗去是也。禮之實、節文斯二者是也。樂之實、樂斯二者。樂則生矣。生則惡可已也。惡可已、則不知足之蹈之、手之舞之。
新字:孟子曰、仁之実、事親是也。義之実、従兄是也。智之実、知斯二者弗去是也。礼之実、節文斯二者是也。楽之実、楽斯二者。楽則生矣。生則悪可已也。悪可已、則不知足之蹈之、手之舞之。
書き下し
孟子曰く、「仁の實は、親に事うること是れなり。義の實は、兄に從うこと是れなり。智の實は、斯の二者を知りて去らざること是れなり。禮の實は、斯の二者を節文すること是れなり。樂の實は、斯の二者を樂しむ。樂しめば則ち生ず。生ずれば則ち惡んぞ已む可けんや。惡んぞ已む可けんやとならば、則ち足の之を蹈み、手の之を舞うを知らず。」 <語釈> ○「實」、趙注:事には皆實有り。物事の具体的な内容を意味する。○「不知足之蹈之、手之舞之」、趙注:其の心の歓喜するは、音楽を聽く者は、手舞い足蹈み、曲節に應じ、而も自ら知らざるが若きなり。
現代語訳
孟子は言った。 「仁の具体的な内容は、親に仕えること、乃ち孝であり、義の内容は兄に従うこと、乃ち悌である。知の内容は、この孝と悌との大切さをよく知って、この道から離れないことだ。礼の内容は、孝悌の道を行うに際して、節度を守り、それを美しく整える事で、音楽の内容は、この道を楽しむことにある。そのような音楽を楽しんでいれば、自ずから孝悌を大切にする心が生じてくる。このように楽しいという気持ちから生まれた孝悌を大切にする心は、一たび生まれるとどうして止めることができようか。止めることが出来ないというのは、音楽を聞いて知らず知らずのうちに手は舞い足は拍子をとるのと同じように、自然な気持ちで孝悌の道を行うことが出来るということだ。
解説
思いやり(仁)や正しい行い(義)の原点は、家族という最も身近な人との関係を大切にすることにあります。そして、それを頭で理解するだけでなく、心から楽しみながら自然に実践できる状態が理想です。仕事や人間関係においても、義務感や無理をして行動するのではなく、他者を思いやる喜びを見出すことが大切です。身近な人への感謝や思いやりを喜びとともに実践することで、心豊かで充実した人生を送ることができます。
この章句が説くこと
家族関係思いやり楽しみ自然な実践
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