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孟子 / 離婁章句上

公孫丑曰、君子之不教子、何也。孟子曰、勢不行也。教者必以正。以正不行、繼之以怒。繼之以怒、則反夷矣。夫子教我以正,夫子未出於正也。則是父子相夷也。父子相夷則惡矣。古者易子而教之。父子之間不責善。責善則離。離則不祥莫大焉。

新字:公孫丑曰、君子之不教子、何也。孟子曰、勢不行也。教者必以正。以正不行、継之以怒。継之以怒、則反夷矣。夫子教我以正,夫子未出於正也。則是父子相夷也。父子相夷則悪矣。古者易子而教之。父子之間不責善。責善則離。離則不祥莫大焉。

書き下し

公孫丑曰く、「君子の子を教えざるは、何ぞや。」孟子曰く、「勢い行われざればなり。教うる者は必ず正を以てす。正を以てして行われざれば、之に繼ぐに怒りを以てす。之に繼ぐに怒りを以てすれば、則ち反って夷(そこなう)う。『夫子、我に教うるに正を以てするも、夫子未だ正に出でざるなり。』則ち是れ父子相夷うなり。父子相夷えば、則ち惡し。古は、子を易えて之を教う。父子の間は善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち不祥、焉より大なるは莫し。」

現代語訳

公孫丑は言った。 「君子といわれる徳の高い人でも自分の子供は教えないと聞きますが、それはなぜですか。」 孟子は言った。 「それは自然のなりゆきで、うまくゆかないからだ。教える者は必ず正しい道を教えようとするものだが、子供がそれに従わないと、しかりつけることになる。子供を善道に導こうとして教えて入ながら、それが出来ないからと言ってしかりつけるようでは、反って子供を傷つけることになる。子供の方も、お父様は私に正しい道をお教えになるけれど、お父様もその正しい道が行われていない、と考えるのが自然のなりゆきだ。これでは親子互いに傷つけあうことになる。親子が互いに傷つけあうことはよくない事だ。だから昔は、子供を取り換えて教えたのである。父子の間では善の実行を求めて責めるものではない。それを責めれば親子の心が離れてしまう。親子の心が離れてしまっては、これ以上の不幸はないのである。」

解説

親が自分の子供を直接指導しようとすると、つい期待が大きくなり、感情的になってしまいがちです。子供も反発を感じ、お互いの関係が悪化してしまいます。これは職場での育成にも通じます。近すぎる関係では客観的な指導が難しいため、第三者の手や別の環境に任せることも一つの有効な手段です。お互いの心の距離を保ち、関係性を壊さない工夫も愛情の形です。

この一句を、あなたの毎日に。

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