孟子 / 離婁章句上
淳于髡曰、男女授受不親、禮與。孟子曰、禮也。曰、嫂溺則援之以手乎。曰、嫂溺不援、是豺狼也。男女授受不親、禮也。嫂溺援之以手者、權也。曰、今天下溺矣。夫子之不援、何也。曰、天下溺、援之以道。嫂溺,援之以手。子欲手援天下乎。
新字:淳于髡曰、男女授受不親、礼与。孟子曰、礼也。曰、嫂溺則援之以手乎。曰、嫂溺不援、是豺狼也。男女授受不親、礼也。嫂溺援之以手者、権也。曰、今天下溺矣。夫子之不援、何也。曰、天下溺、援之以道。嫂溺,援之以手。子欲手援天下乎。
書き下し
淳于☈曰く、「男女授受するに親しくせざるは、禮か。」孟子曰く、「禮なり。」曰く、「嫂溺るれば、則ち之を援くるに手を以てするか。」曰く、「嫂溺れて援けざるは、是れ豺狼なり。男女授受するに親しくせざるは、禮なり。嫂溺れて、之を援くるに手を以てする者は、權なり。」曰く、「今天下溺る。夫子の援けざるは、何ぞや。」曰く、「天下溺るれば、之を援くるに道を以てす。嫂溺るれば、之を援くるに手を以てす。子、手にて天下を援けんと欲するか。」
現代語訳
淳于☈は言った。 「男女は物のやり取りを直接にしないということは、礼義ですか。」 孟子は言った。 「その通り、礼義です。」 「兄嫁が溺れそうになった時、手を執って助け上げるのはどうですか。」 「兄嫁が溺れそうになっているのに、助けないのは、山犬や狼の如き獣の行為だ。男女は物のやり取りを直接にしないということは、礼義であるが、兄嫁が溺れそうになっている時に、手を差し伸べるのは善にかなった臨機応変の処置なのだ。」 「今、天下は乱れて人民は溺れかかっているようなものです。それなのに先生はいっこうに助けようとされない、それはどうしてですか。」 「天下が溺れるのは仁義の正道によって助けるものだ。兄嫁を助けるのは手によるのだ。同じ救うにも手段はそれぞれ違うのだ。それなのに、あなたは手を使って天下を救えとおっしゃるのですか。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・告子章句上孟季子、公都子に問いて曰く、「何を以て義は內と謂うや。」曰く、「吾が敬を行う。故に之を內と謂うなり。」「鄉人、伯兄より長ずること一歲ならば、則ち誰をか敬せん。」曰く、「兄を敬せん。」「酌まば則ち誰をか先にせん。」曰く、「先づ鄉人に酌まん。」「敬する所は此に在り、長ずる所は彼に在り。果して外に在り。内に由るに非ざるなり。」公都子、答うること能わず。以て孟子に告ぐ。孟子曰く、「叔父を敬せんか、弟を敬せんか、ととえ。彼將に曰んとす、『叔父を敬せん。』曰え、『弟、尸為らば、則ち誰をか敬せん。』彼將に曰んとす、『弟を敬せん。』子曰え、『惡にか在る其の叔父を敬するや。』彼將に曰んとす、『位に在るの故なり。』子亦た曰え、『位に在るの故ならば、庸の敬は兄に在り、斯須の敬は鄉人に在り。』」季子之を聞きて曰く、「叔父を敬すべければ則ち敬し、弟を敬すべければ則ち敬す。果して外に在り。内に由るに非ざるなり。」公都子曰く、「冬日は則ち湯を飲み、夏日は則ち水を飲む。然らば則ち飲食も亦た外に在るか。」
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尚書・呂刑刑罰は世々に輕く世々に重し。
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