孟子 / 離婁章句上
而求諸遠;事在易,而求諸難。人人親其親、長其長,而天下平。」
書き下し
而るに諸を遠きに求む。事は易きに在り、而るに諸を難きに求む。人人其の親を親とし、其の長を長とすれば、而ち天下平らかなり。」
現代語訳
(道は身近なところにある。)それなのに人はこれを遠くに求める。なすべきことはやさしいところにある。それなのに人はこれを難しいところに求める。人々がそれぞれ自分の親を親として大切にし、年長者を年長者として敬えば、天下は平らかに治まるのである。」
解説
「道は邇きに在り」に続く部分で、孟子は人が道を遠くに求め、やさしいことを難しいところに探してしまう癖を指摘します。そして答えは、一人ひとりが自分の親を大切にし、年長者を敬うことだと示します。家族への情愛と長幼の序という、誰にでもできる身近な行いを積み重ねれば、天下の平和が実現するという考えは、家から国へと仁を押し広げる儒家の基本的な構図です。孟子は、仁の実は親に仕えること、義の実は兄に従うことだとも述べています。現代の組織でも、立派な理念やスローガンを掲げるより、身近な同僚や先輩後輩への敬意と気配りを徹底するほうが、職場の空気を確実に変えることがあります。
この章句が説くこと
身近な実践親親長幼家族愛敬意身近
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