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孟子 / 梁惠王章句下

鄒與魯鬨。穆公問曰、吾有司死者三十三人。而民莫之死也。誅之、則不可勝誅。不誅、則疾視其長上之死而不救。如之何則可也。孟子對曰:「凶年饑歲,君之民老弱轉乎溝壑,壯者散而之四方者,幾千人矣;而君之倉廩實,府庫充,有司莫以告,是上慢而殘下也。曾子曰:『戒之戒之!出乎爾者,反乎爾者也。』夫民今而後得反之也。君無尤焉。君行仁政,斯民親其上、死其長矣。」

新字:鄒与魯鬨。穆公問曰、吾有司死者三十三人。而民莫之死也。誅之、則不可勝誅。不誅、則疾視其長上之死而不救。如之何則可也。孟子対曰:「凶年饑歲,君之民老弱転乎溝壑,壮者散而之四方者,幾千人矣;而君之倉廩実,府庫充,有司莫以告,是上慢而残下也。曽子曰:『戒之戒之!出乎爾者,反乎爾者也。』夫民今而後得反之也。君無尤焉。君行仁政,斯民親其上、死其長矣。」

書き下し

鄒と魯と鬨う。穆公問いて曰く、「吾が有司の死する者三十三人。而るに民之に死する莫きなり。之を誅せんとせば、則ち勝げて誅す可からず。誅せざれば、則ち其の長上の死を疾視して救わず。之を如何せば則ち可ならん。」孟子對えて曰く、「凶年饑歲には、君の民、老弱は溝壑(コウ・ガク)に轉じ、壯者は散じて四方に之く者、幾千人ぞ。而るに君の倉廩は實ち、府庫は充ち、有司以て告ぐる莫し。是れ上慢にして下を殘うなり。曾子曰く、『之を戒めよ、之を戒めよ。爾に出づる者は、爾に反る者なり。』夫れ民今にして後、之を反すことを得たるなり。君尤むること無かれ。君仁政を行わば、斯に民は其の上に親しみ、其の長に死なん。」

現代語訳

鄒と魯が戦った。鄒の穆公は孟子に尋ねた、 「我が軍では部隊長となった役人たちが三十三人も戦死した。それなのにその配下の兵たちは一人も死んでいない。そこで罪をただそうと思っているのだが、数があまりに多くて、手の出しようがない。かと言って処刑しなければ、隊長の死をいい気味だと思って見殺しにした罪をただすことが出来ない。どうしたらよいものだろうか。」 孟子は答えた、 「凶作飢饉の歳には、王様の人民は、老幼の弱者は、溝や谷間に転がり落ちて死に、壮年の者は家を棄て食を求めて四方に行く者が数千人に及びました。ところが王様の倉庫は穀物で充ちており、お藏は財宝で一杯です。それなのにお役人でこの事を王様に告げる者は誰一人おりませんでした。即ち上の者の怠慢で、下の者を見殺しにしたのでございます。孔子の門人であった曾子は、『戒めよ、戒めよ、汝から出たものは、みな汝の身に返ってくるぞ。』と申しました。即ち今、民たちは、役人たちから受けた仕打ちの仕返しが出来たのでございます。王様、彼らをお咎めになってはいけません。王様が思いやりのある政治を行えば、民は自然とその上の者に親しみ、上の者の為には死をも辞せぬようになりましょう。」

解説

「自分から出たものは、必ず自分に返ってくる」という教えは、現代の人間関係にも深く通じます。日頃から部下や周囲の人々を見下し、冷たい態度をとっていれば、いざという時に誰も助けてくれません。逆に、困っている時に手を差し伸べ、思いやりのある態度で接していれば、周囲もあなたのために喜んで協力してくれます。他人の態度は自分の日々の行いを映す鏡であり、良好な関係を築くには、まず自分から温かい関心を寄せることが最も大切です。

この一句を、あなたの毎日に。

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