孟子 / 梁惠王章句下
齊人伐燕、勝之。宣王問曰、或謂寡人勿取、或謂寡人取之。以萬乘之國伐萬乘之國、五旬而舉之。人力不至於此。不取、必有天殃。取之、何如。孟子對曰、取之而燕民悅、則取之。古之人有行之者、武王是也。取之而燕民不悅、則勿取。古之人有行之者、文王是也。以萬乘之國伐萬乘之國、簞食壺漿、以迎王師、豈有他哉。避水火也。如水益深、如火益熱、亦運而已矣。」
新字:斉人伐燕、勝之。宣王問曰、或謂寡人勿取、或謂寡人取之。以万乗之国伐万乗之国、五旬而舉之。人力不至於此。不取、必有天殃。取之、何如。孟子対曰、取之而燕民悦、則取之。古之人有行之者、武王是也。取之而燕民不悦、則勿取。古之人有行之者、文王是也。以万乗之国伐万乗之国、箪食壺漿、以迎王師、豈有他哉。避水火也。如水益深、如火益熱、亦運而已矣。」
書き下し
齊人、燕を伐ちて、之に勝つ。宣王問いて曰く、「或ひとは寡人に取る勿れと謂い、或ひとは寡人に之を取れと謂う。萬乘の國を以て、萬乘の國を伐ち、五旬にして之を舉ぐ。人力は此に至らず。取らずんば、必ず天の殃(わざわい)有らん。之を取ること、何如。」孟子對えて曰く、「之を取りて燕の民悅ばば、則ち之を取れ。古の人、之を行う者有り、武王是れなり。之を取りて燕の民悅ばずんば、則ち取ること勿かれ。古の人之を行う者有り、文王是れなり。萬乘の國を以て萬乘の國を伐つ、簞食壺漿して、以て王師を迎うるは、豈に他有らんや。水火を避けんとてなり。水の益々深きが如く、火の益々熱きが如くんば、亦た運らんのみ。」
現代語訳
齊の國は、北方の燕の國を攻めて勝利をおさめた。宣王は尋ねた、 「或る者は燕の國を取るなとと言い、或る者は取れと言う。萬乘の大國が萬乘の大國を攻めて、わずか五十日で勝利した。これは我々人の力ではできない事で、天の意思が働いたのだと思う。それだから、もし取らなければ、かえって天罰が降るだろう。そこで私は燕の國を取ろうと思うのだが、どうであろうか。」 孟子は答えた、 「お取りになって燕の民が喜ぶようならお取りなさい。昔の聖王でそのようにされた方がおられます。それは周の武王でございます。しかしお取りになって燕の民が喜ばないようなら、お取りになってはいけません。昔の聖王でそのようにされた方が、周の文王でございます。萬乘の國が萬乘の國を征伐したのに、敵方の民が、竹製の器に飯を入れ飲み物を壺に入れて持参し、王様の軍隊を歓迎いたしましたのは、他でもございません、現在の水火の苦しみから逃れたいからでございます。ところが王様が燕をお取りになって、水がますます深く、火がますます熱くなるように、水火の苦しみが増すような政治を行えば、民の心は王様から離れ、他の下へ転がり込んでいくだけの事でございます。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・梁惠王章句下齊人、燕を伐ちて、之を取る。諸侯將に謀りて燕を救わんとす。宣王曰く、「諸侯、寡人を伐たんと謀る者多し。何を以て之を待たん。」孟子對えて曰く、「臣、七十里にして政を天下に為す者を聞く。湯是れなり。未だ千里を以て人を畏るる者を聞かざるなり。書に曰く、『湯一(はじめて)めて征する、葛自り始む。』天下之を信ず。東面して征すれば、西夷怨み、南面して征すれば、北狄怨む。曰く、『奚為れぞ我を後にする。』民の之を望むこと、大旱の雲霓(ウン・ゲイ)を望むが若きなり。市に歸(おもむく)く者は止まらず、耕す者は變ぜず。其の君を誅して、其の民を弔う。時雨の降るが若し。民大いに悅ぶ。書に曰く、『我が后(「君」に同じ)を徯(まつ)つ、后來たらば其れ蘇らん。』今、燕、其の民を虐ぐ。王往きて之を征す。民以て將に己を水火の中より拯(すくう)わんとすと為す。簞食壺漿して、以て王の師を迎う。若し其の父兄を殺し、其の子弟を係累し、其の宗廟を毀ち、其の重器を遷さば、之を如何ぞ其れ可ならんや。天下固より齊の彊きを畏るるなり。今又地を倍して、仁政を行わずんば、是れ天下の兵を動かすなり。王速かに令を出だし、其の旄倪を反し、其の重器を止め、燕の衆に謀り、君を置きて而る後に之を去らば、則ち猶ほ止むるに及ぶ可きなり。」
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『講孟余話』梁惠王下 第十章古語にも、戦ひ勝つは易く、勝ちを守るは難しと云ふ如く、燕を取るの難きに非ず、燕を守るの難きなり。但だ民心を得る者は善く守るを得るなり、然らずんば亦運らすのみ。然れば大業を興さんとならば、征伐の日に在らずして、昇平無事の日にあり。昇平無事の政、真に民心を得るに足らば、其の余亦何ぞ多言せん。世の軽鋭浮薄の徒、此の義を思はずして徒に遠略に志すは、吾が甚だ懼るる所なり。
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孟子・公孫丑章句下沈同、其の私を以て問いて曰く、「燕伐つ可きか。」孟子曰く、「可なり。子噲は人に燕を與うることを得ず。子之は燕を子噲に受くることを得ず。此に仕うるもの有り。而して子、之を悅び、王に告げずして、私に之に吾子の祿爵を與え、夫の士や、亦た王命無くして、私に之を子に受けなば、則ち可ならんか。何を以て是に異ならんや。」齊人、燕を伐つ。或ひと問いて曰く、「齊に勸めて燕を伐たしむと、諸れ有りや。」曰く、「未だし。沈同、燕伐つ可きか、と問う。吾之に應えて曰く、『可なり。』彼然り而して之を伐てるなり。彼如し『孰か以て之を伐つ可き。』と曰わば、則ち將に之に應えて、『天吏為らば、則ち以て之を伐つ可し。』と曰わんとす。今、人を殺す者有り、或ひと之を問いて、『人は殺す可きか。』と曰わば、則ち將に之に應えて曰わんとす、『可なり。』彼如し『孰か以て之を殺す可き。』と曰わば、則ち將に之に應えて曰わんとす、『士師為らば、則ち以て之を殺す可し。』今、燕を以て燕を伐つ。何為れぞ之を勸めんや。」
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「人有り曰く、『我善く陳を為し、我善く戰いを為す。』大罪なり。國君、仁を好めば、天下に敵無し。南面して征すれば、北狄怨み、東面して征すれば、西夷怨む。曰く、『奚為れぞ我を後にする。』武王の殷を伐つや、革車三百兩、虎賁三千人。王曰く、『畏るること無かれ、爾を寧んずるなり。百姓を敵とするに非ざるなり。』崩るるが若く厥角稽首す。征の言為る、正なり。各々己を正しくせんと欲せば、焉くんぞ戰いを用いん。」
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孟子・梁惠王章句下齊の宣王問いて曰く、「鄰國に交わるに道有るか。」孟子對えて曰く、「有り。惟だ仁者のみ能く大を以て小に事うるを為す。是の故に湯は葛に事え、文王は昆夷に事えたり。惟だ智者のみ能く小を以て大に事うるを為す。故に大王は獯鬻(クン・イク)に事え、句踐は呉に事えたり。大を以て小に事うる者は、天を樂しむ者なり。小を以て大に事うる者は、天を畏るる者なり。天を樂しむ者は天下を保ち、天を畏るる者は其の國を保つ。詩に云う、『天の威を畏れ、時に于て之を保つ。』」王曰く、「大なるかな言や。寡人疾有り、寡人勇を好む。」對えて曰く、「王請う小勇を好むこと無かれ。夫れ劍を撫して疾視して曰く、『彼惡んぞ敢て我に當らんや』と。此れ匹夫の勇にして、一人に敵する者なり。王請う之を大にせよ。詩に云う、『王赫として斯に怒り、爰に其の旅を整え、以て莒に徂くを遏め、以て周の祜(さいわい)を篤くし、以て天下に對う。』此れ文王の勇なり。文王一たび怒りて、天下の民を安んぜり。書に曰く、『天、下民を降し、之が君を作り、之が師を作る。惟れ曰く、其の上帝を助けよ、と。之を四方に寵す。罪有るも罪無きも、惟だ我在り。天下曷ぞ敢て厥の志を越す有らんや。』一人、天下に衡行するは、武王之を恥づ。此れ武王の勇なり。而して武王も亦た一たび怒りて天下の民を安んず。今王も亦た一たび怒りて、天下の民を安んぜば、民惟だ王の勇を好まざるを恐るるなり。」
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孟子・梁惠王章句下滕の文公、問いて曰く、「滕は、小國なり。力を竭くして以て大國に事うるも、則ち免るるを得ず。之を如何せば則ち可ならん。」孟子對えて曰く、「昔者、大王、邠に居る。狄人、之を侵す。之に事うるに皮幣を以てすれども、免るるを得ず。之に事うるに犬馬を以てすれども、免るるを得ず。之に事うるに珠玉を以てすれども、免るるを得ず。乃ち其の耆老を屬(あつめる)めて、之に告げて曰く、『狄人の欲する所の者は、吾が土地なり。吾、之を聞く。君子は人を養う所以の者を以て人を害せずと。二三子、何ぞ君無きを患えん。我將に之を去らんとす。』邠を去り、梁山を踰え,岐山の下に邑して居る。邠人曰く、『仁人なり、失う可からざるなり。』之に從う者、市に歸(おもむく)くが如し。或いは曰く、『世々の守りなり。身の能く為す所に非ざるなり。死を效すも去る勿れ。』君請う斯の二者を擇べ。」
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